第317話 プロとしての礼儀
2回表は5番の下山選手からの攻撃だ。
下山選手はツーボール、ツーストライクからの5球目をうまくライト前にライナーで運んだ。
そして続くロイトン選手も一二塁間をゴロで破り、ノーアウト一、三塁となった。
原谷さんがマウンドに行き、杉澤さんと何かを話している。
今度は僕らの方を向いていないので、恐らく僕らの悪口では無いだろう。
原谷さんが戻り、迎えるバッターは俊足で粘っこい西野選手だ。
ミート力もあり、簡単にはアウトにならない、敵にしたらとても嫌らしいバッターだ。
ちなみにナイター終了後、たまに一緒に飲みに行くことがあるが、そこでも嫌ら…(以下、自主規制)。
西野選手はその嫌らしさを存分に発揮し、9球粘った後、フォアボールを選んだ。
これでノーアウト満塁だ。
札幌ホワイトベアーズとしては大チャンスだ。
今度は静岡オーシャンズの内野陣がマウンドに集まった。
原谷さんが何かを話し、杉澤さん以下、みんな笑っている。
この緊迫の場面で皆を笑わせられるということは、原谷さんには野球の才能よりもお笑いの才能があるのでは無いだろうか。
ここで迎えるバッターは、キャッチャーながら打撃が得意な上杉捕手。
恐らく初球から積極的に振っていくだろう。
杉澤−原谷バッテリーもそれが分かっているのだろう。
初球。
真ん中低めへのツーシーム。
上杉捕手はうまくバットに乗せた。
打球はライナーでセカンドを襲った。
だが黒沢選手がジャンプして掴み取り、二塁に送球した。
二塁ランナーが飛び出しており、ダブルプレー。
札幌ホワイトベアーズにとっては、1回表と同様に飛んだ場所が悪かった。
逆に静岡オーシャンズ、そして杉澤−原谷バッテリーはついている。
ノーアウト満塁の大ピンチが、ツーアウト一、三塁に変わり、バッター9番の野中選手。
スリーボール、ワンストライクからの5球目を捉えたが、センターの小田島選手が背走して、ランニングキャッチした。
ツーアウトだったし、抜けていれば間違いなく、一塁ランナーもホームインしただろう。
杉澤投手は捕球した瞬間、小さくガッツポーズした。
原谷捕手はマウンドから降りてきた杉澤投手を出迎え、何かを話しながらベンチに戻っていった。
2回裏、引き続きマウンドには五香投手。
もしかしてショートスターターとしの起用かと思ったが、この回も投げるようだ。
静岡オーシャンズは4番のウイルソン選手。
ワンボールからの2球目を完璧に捉えたが、打球はライトポールのわずかに右側で、ファール。
そしてワンボール、ワンストライクからの3球目に手を出し、ショートゴロ。
札幌ホワイトベアーズのショートに打ってはノーチャンスである。
僕は打球をグラブに慎重に収め、ボールを握り直したものの落ち着いて一塁に送球して、アウト。
そして五香投手は後続を打ち取り、この回もわずか7球で終えた。
2回裏を終えて、点差は1対0。
杉澤投手は青息吐息で何とか1失点に抑え、一方の五香投手は淡々と打たせて取っているという印象だ。
五香投手の球は球速としては、打ちやすそうに見えるが、これだけ内野ゴロを打たせているところを見ると、微妙に変化しているのだろう。
つまりストレートに見えるが、ツーシームを投げているのかもしれない。
3回表は僕からの打順だ。
バッターボックスに入ろうとすると、原谷捕手が思いっきり睨んできた。
その目は「打ったらどうなるかわかってるんだろうな」と言っているように見えた。
僕は全く気にせず、悠然とバッターボックスに入った。
プロ入り以来、杉澤投手にはお世話になってきたが、ここは勝負の世界。
例え手心を加えて、わざと凡退しても杉澤投手は喜ばないだろう。
例え杉澤投手が故障明けで本調子ではないとしても、プロの世界で戦っている以上、遠慮なく打たせて頂く。
それが礼儀だ。
僕はそんな事を考えながら、バットを構えた。
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