第316話 1回オモテウラの攻防

 道岡選手は過去に打点王を取ったことがあるほど、チャンスに強い。

 選球眼が良く、簡単に三振しないし、甘い球は見逃さない。


 初球、カーブ。

 外れてボールワン。


 2球目。

 外角低めギリギリに決まるストレート。

 判定はストライクとなったが、ボールと宣告されても不思議がない球だ。

 杉澤投手にとっては助かっただろう。


 3球目。

 外角低めに逃げていくスライダー。

 道岡選手は悠々見送った。

 判定はボール。

 決して悪い球ではなかった。

 これでツーボール、ワンストライク。


 そして4球目。

 真ん中低めへのツーシームを道岡選手は捉えた。

 打球はライナーでショート頭上に飛んでいる。

 これはヒットだ。

 そう思った瞬間、静岡オーシャンズのショートの新井選手がジャンプ一番掴み取った。

 

 そして着地するや否や、二塁に送球した。

 二塁ランナーの谷口は戻れずにアウト。

 結果的にダブルプレーとなった。

 新井選手の大ファインプレーだ。


 ツーアウトランナー無しとなって、バッターは4番のダンカン。

 初球のツーシームをジャストミートした打球は、ライトへの大きな当たりとなった。

 角度的にホームランかと思ったが、ややバットの先だったようで、打球は失速し、高橋孝司選手がフェンスギリギリでジャンプして掴み取った。

 これもファインプレーだ。

 ダンカン選手は悔しそうに、宙を仰いでいる。

 

 杉澤投手はホッとしたような表情でマウンドを降り、原谷捕手と何かを話しながら、ベンチに戻った。

 

 正直なところ、杉澤投手は運が良かったと思う。

 道岡選手の打球はヒットになっていてもおかしくなかったし、ダンカン選手の打球はもう少しでホームランだった。

 ちょっと歯車がずれていると、4失点して更にノーアウトという可能性もあったのだ。

 それが1点で済んだのは上出来かもしれない。


 1回裏、五香投手がマウンドに上がった。

 日本のプロ野球で一軍のマウンドに上がるのは、これが初めてだ。表情には緊張が見える。


 静岡オーシャンズの先頭バッターは、ショートの新井選手。

 俊足でミートが上手い上に長打力もあるという、1番打者として最高の条件を備えた選手だ。


 正直なところ、あのまま静岡オーシャンズに残っていても、新井選手に勝てた気がしない。


 五香投手はストレートは140km/hそこそこであるが、ツーシーム、チェンジアップを織り交ぜて、打者を打ち取っていくスタイルである。


 初球。

 ど真ん中へのストレート。

 一瞬、目を覆いたくなるような絶好球だ。

 当然新井選手はバットを出してきたが、打ち損じたのか平凡なショートゴロとなった。


 もちろん僕は新井選手の俊足を頭に入れた上で、グラブで確実に捕球し、一塁に送球した。

 これでワンアウト。


 2番は大卒社会人経由、プロ3年目の三島選手。

 今期、開幕からレギュラーに定着した俊足の選手だ。

 とにかく足が速く、ボテボテのショートゴロなら、一塁はセーフとなるだろう。


 三島選手はワンボールからの2球目を、サードにセーフティバントをした。

 だが道岡選手がダッシュして、素手で掴み、一塁に送球した。

 間一髪アウト。

 五香投手はここまで3球でツーアウトを取った。


 そして迎えるバッターは怖い怖い黒沢選手。

 今季も3割を大きく超える打率を残している。


 その黒沢選手に投じた初球は、またしてもど真ん中のストレートだった…。

 快音が響き、打球は良い角度でレフトに上がった。

 これは完全にスタンドインだ。

 そう思ったが、打球はフェンス手前で失速し、フェンスギリギリで野中選手のグラブに収まった。


 五香投手は何とこの回、僅か4球でスリーアウトを取った。

 しかし新井選手にしろ、黒沢選手にしろ、良くあの球を打ち損じてくれたものだ。

 今日の五香投手はとても運がよいのかもしれない。

 僕は首をかしげながら、ベンチに戻った。

 

 

 

 

  

 

 

 

 


 

 

 

 

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