第296話 今日のヒーローは?

 ワンアウト三塁は道岡選手にとって、打点を稼ぐ絶好のチャンスだ。

 道岡選手はとにかくチャンスに強い。

 選球眼が良く、簡単に三振しないというのが、最大の特長である。

 ちなみに三塁守備も球回屈指であり、足も速い。

 ミスターホワイトベアーズとも言える存在である。


 ということでここはキッチリと犠牲フライを打った。

 やや浅いフライではあったが、三塁ランナーは俊足。(さて誰のことでしょう)

 悠々ホームに生還した。

 これで2対0。

 このまま勝ったら…、道岡さん、ゴチになります。


 6回裏も佐竹投手がマウンドに上がり、ツーアウト満塁のピンチを招くも、何とか無失点で切り抜けた。


 7回表の攻撃は、無得点に終わり、その裏から、ホワイトベアーズは継投に入った。

 佐竹投手は苦しみながら、6回を無失点で抑えたことになる。

 7回のマウンドは、新外国人投手のルーカス。

 190cmを越える長身から投げ下ろすツーシームで打たせて取るピッチングが持ち味である。

 この回はテンポよく、7球で三者凡退に打ち取った。


 8回表の攻撃は、僕に打順が回る。

 ここまで3打数1安打。

 もう1本打ってマルチ安打としたいところだ。

 そしてツーアウトランナー無しで僕の打順となった。


 川崎ライツのマウンドは引き続き、井垣投手。

 2点を失ったとは言え、球数はまだ90球にも到達しておらず、テンポの良い投球を続けている。


 今日、4回目の対戦なので、球筋は頭に入っている。

 ツーアウトだし、追い込まれるまでは狙い球を絞って、思い切ったバッティングをしようと考え、打席に入った。


 初球。

 内角へのシンカー。

 これは打っても内野ゴロだ。

 見送って、ストライクワン。


 2球目。

 またしても内角低めへのシンカー。

 これも手が出なかった。

 判定はストライク。

 うーん、追い込まれた。


 3球目。

 外角へのツーシーム。

 これは見極めた。

 ボール。

 これでワンボール、ツーストライク。


 4球目。

 外角へのスライダー。

 うまく右に追っつけた。

 手応えあり。うまく捉えた。

 鋭い打球が一、二塁間に飛んでいる。

 

 これはヒットだ。

 そう思った瞬間、視界の外からさっと影が現れ、打球が消えた。

 そうだった。

 川崎ライツのセカンドは、現在の牛若丸と称される、与田選手だった。

 

 身長は僕と同じくらいであるが、跳躍力が高く、頭上の打球でもタイミングを併せてうまく掴み取る。

 ゴールデングラブ賞の常連であり、以前の黒沢さんとのフロリダ自主トレのメンバーだった選手だ。


 抜ければ右中間に到達し、うまく行けば三塁打コースだったかもしれない。

 ヒット1本損した。

 僕は宙を仰ぎ、ベンチに戻った。

 あーあ、これで今日は4打数1安打か…。


 8回裏のマウンドには、札幌ホワイトベアーズのベテラン左腕の大東投手が上がった。

 今シーズンで37歳を迎えるが、衰える気配が無い名投手だ。

 打のミスターホワイトベアーズが道岡選手なら、投のミスターホワイトベアーズは大東投手だろう。


 大東投手は期待に応え、三者凡退に抑え、試合は2対0のまま、いよいよ最終回の攻防を迎えた。


 9回表の攻撃は、2番の谷口からの打順である。

 ここは一発狙っても良い場面であろう。

 そしてツーボール、ワンストライクからのバッティングカウントからの4球目のフォークを捉えた打球がセンターに良い角度で上がった。


 これは行ったか?

 僕はベンチから身を乗り出して打球の行方を目で追った。

 センターの鈴木選手が懸命に背走している。

 そしてフェンスギリギリでジャンプした。

 

 川崎ライトニングパークは外野フェンスがあまり高くない。

 どうだ?

 入ったか?


 次の瞬間、鈴木選手がグラブを高々と掲げた。

 ボールは鈴木選手が掴み取っていた。

 惜しい…。

 谷口は宙を見上げ、残念そうにベンチに帰ってきた。


 すると西野選手がベンチの最前列で宙を見上げ、「さっきから高橋と谷口が宙を見上げているけど、空に何かあるのか?」とトボけたように言った。

「いえ、月が綺麗だなと…」

 僕は答えた。

「ほう、試合中に優雅だな」と下山選手。

 ヒドイ。嫌味を言われた。


 続く道岡選手がソロホームランを放ち、試合を決めた。

 結局、3点とも道岡選手のバットによるものだった。

 今日は紛れもなく道岡デーだ。

 試合は9回裏を抑えの新藤投手が締め、3対0で快勝した。

 ヒーローインタビューはもちろん、道岡選手。

 僕らはロッカールームで道岡選手が帰ってくるのを待ち構えていた。


「道岡さん、おめでとうございます」

「おう、お前らが出塁してくれたお陰だ。ありがとうな」

 この辺はさすが人格者の道岡選手だ。

 

「で、何でわざわざベンチに残っているんだ。

 バスに乗らないのか?」

「いえ、川崎と言えば焼肉かな、と」

「ほう、焼肉食いにいくのか。良かったな」

 道岡選手はとぼけている。


 少し間が空いて、道岡選手はニヤッと笑って、「冗談だ。今日の3打点のうち、2打点はお前らのおかげだ。よし、佐竹も誘っていくか」

「はい」

 僕はキラキラとした目で答えた。


 ということで、僕と谷口、佐竹投手、そしてなぜか下山選手と西野選手も加わって、焼肉に行った。

 佐竹投手は半分出しますよ、と言ったが、道岡選手は全て支払ってくれた。


 道岡さん、ご馳走様でした。

 よし焼肉パワーで明日の試合も頑張ろう!!

 

 

 

 

 

 

 


  


 

 

 


 

 

 



 

 

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