第295話 今日は誰に奢ってもらおうか

 この回の僕のミッションは出塁できればベストたが、最低でも球数を投げさせることである。

 

 3球目は真ん中低めへのシンカー。

 ファールで逃げた。


 4球目。

 外角低めギリギリへのストレート。

 これもファール。


 5球目。

 真ん中低めへのツーシーム。

 これは見送ってボール。


 6球目。

 内角高めへのストレート。

 これもファール。

 カウントはワンボール、ツーストライクのまま。


 7球目。

 外角低めへのカットボール。

 これもファール。

 これだけ粘っているのは、塁に出るのが最大の目的だが、続くバッターの谷口に球筋をイメージさせるため、という裏目的もある。


 8球目。

 内角低めへのツーシーム。

 見送ってボール。

 これでツーボール、ツーストライク。


 9球目。

 外角低めへのストレート。

 低いと思って見逃したが、ストライクを宣告された。

 うーん、微妙なところだ。

 手を出すべきだった…。

 見逃しの三振。

 またしてもスゴスゴとベンチに戻った。

 谷口、後はまかせた。

 9球も近くで球筋を見れたんだから、当然打てるだろう。


 そして谷口がバッターボックスに入った。

 初球。

 内角へのツーシームが、甘く入った。

 今の谷口はこういう球を逃さない。

 うまく引っ張り、打球はレフト線スレスレに落ちた。

 塁審の判定はフェア。

 谷口は二塁にまで到達した。

 

 わかっているんだろうな。

 その半分は僕のおかげだぞ。

 二塁ベース上で軽くガッツポーズしている谷口にテレパシーで語りかけた。


 その後、道岡選手のヒットで谷口はホームインし、1点を先制した。

 そしてベンチに戻ってきて、隣に座った谷口に言った。

「おい、俺が粘ったおかげで、ツーベース打てただろう。

 今日の夜、奢れよ」

「いやいや、お前が塁に出ていれば、俺のツーベースで打点がついて、ヒーローになれたのに。

 それを逃したのはお前のせいだから、奢るのはお前だろう」

 どんな理屈だ。

 議論の結果、漁夫の利を得た道岡選手にごちそうになることを2人で決めた。

 ベンチに戻ってきたら、道岡選手と交渉しよう。


 さて試合は1対0のまま、6回表を迎えた。

 相手の井垣投手も粘っているが、我がチームの佐竹投手もヒットを8本打たれながらも無失点で抑えているのは凄い。

 ショートの好守備(作者注:自称)に度々助けられているが…。


 このまま勝ち投手になれば、佐竹投手にも奢ってもらおうと皮算用をしながら、僕は打席に向かった。

 ここまで結果としては2打数ノーヒット。

 そろそろヒットでもフォアボールでも塁に出ないと。


 マウンドは引き続き、井垣投手。

 あまり球速は速くないサイドスローで、しかも左腕なので打てそうに思うのだが、うまく緩急を使われて、ここまで抑えられている。

 さっきの打席は9球粘ったので、今回も粘ってやろうと思って打席に立った。


 すると初球。

 シンカーが真ん中低めに甘く入ってきた。

 好球必打も僕のポリシーである。

 うまく拾い、レフト前に落とした。

 これでノーアウト一塁だ。

 谷口、わかっているよな。


 僕は一塁ベース上から、谷口は打席に入る前に、それぞれベンチのサインを見た。

 当然ここは送りバントの場面だ。

 だが僕は目を疑った。

 サインは盗塁。

 え、初球から?


 谷口はバントの構えをしている。

 今のサインはバントエンドランではないよな?

 

 2球、牽制球が来た後の初球、僕は思い切ってスタートを切った。

 谷口はわざと空振りした。

 キャッチャーから、素晴らしい送球が来た。

 タイミングはアウトかと思ったが、セカンドが送球をこぼしてセーフ。

 結果、オーライ。


 これでノーアウト二塁だ。

 そして谷口は見事に2球目を送りバントを決めた。

 ボール球のように見えたが、きっちりと一塁側に転がしたのはさすがだ。

 これでワンアウト三塁のチャンスで、バッターは3番の道岡選手を迎えた。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

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