第286話 打棒復活?
1回表、五香投手はいきなり150km/hの速球と変化球をうまく織り混ぜ、三者三振で切り抜けた。
チェンジアップの落差は大きいし、ツーシームは直球と見分けがつかない。
加えて、速さが違う2種類のスライダーを投げ分けた。
これは簡単には打てない。
当たり前だが、高校時代よりも全ての球種が進化している。
東京チャリオッツの先発投手は、左腕エースの滝田投手。
静岡オーシャンズ時代、プロ初スタメン時の相手だ。(第42話)
あの時は入団3年目で、打順は谷口が8番、僕が9番だった。
1回裏、先頭バッターとして打席に入った。
力のあるストレート、カットボール、スライダー、チェンジアップ、スプリットと多彩な球種を操るので、的を絞りづらい。
ストレートは、球速以上に速く感じるし、追い込まれたらチェンジアップ、スプリットで三振を取りに来る、厄介なピッチャーだ。
初球。
真ん中低めへのスプリット。
見逃して、ストライクワン。
2球目。
内角低めへのストレート。
僕は腕を畳んでバットに乗せた。
打球はレフト線上に飛んでいる。
サードの角選手が飛び上がったが、打球はそのグラブの上を掠めて、フェアーゾーンに転がった。
僕は悠々二塁に到達した。
ツーベースヒット。
こういう良いピッチャーから打つには、早いカウントから狙い球を絞るに限る。
追い込まれると、速球を頭に入れて、落ちるボールもケアしなければならないので、ファールで粘ることはできても、前に飛ばすことは難しい。
続く2番の西野選手はショートの深いところに打ち、僕は三塁に進み、一塁もセーフになった。
これでノーアウト一、三塁。
いきなり大チャンスだ。
3番の道岡選手は三振したが、その間に西野選手は二塁に進んだ。
4番のダンカン選手も三振し、ツーアウト二、三塁の場面で5番の谷口の打順を迎えた。
谷口はフルカウントまで粘り、そしてファールを挟んでの7球目、みごとにスプリットをライト前に落とした。
僕も西野選手もホームインし、幸先よく2点を先取した。
谷口の進化が感じられる打席となった。
2回表も五香投手の投球術は冴え渡り、三者凡退に切り抜けた。
そしてその裏の攻撃は三者凡退に終わり、僕までは打順が回ってこなかった。
五香投手は、3回表のマウンドにも立ち、下位打線を三者凡退に抑えた。
ここまでパーフェクトだ。
3回裏の打順は、フルカウントまで粘った上で、セカンドゴロに倒れた。
一番打者として、1番ダメなのは、簡単にフライを打ち上げることである。
いくら足が速くても、フライを打ち上げてしまってはそれを活かすことができない。
そして次にダメなのは、三振である。
転がせば僕の足なら、何かあるかもしれない。
だからこの打席は、追い込まれながらも、ゴロを打てたことは良かった。
この回の攻撃は三者凡退に終わり、五香投手は4回表のマウンドには上がらなかった。
開幕に向けて、調整が順調であることは垣間見えたので、良かったのではないだろうか。
4回表に同点に追いつかれ、2対2で迎えた、4回裏。
ワンアウトから谷口の打席を迎えた。
ワンボール、ツーストライクと追いこまれた後の、チェンジアップ。
まるで狙いすましたように、レフトスタンドに放り込んだ。
その打球はライナーで、アッという間にレフトスタンドに飛び込んだ。
その打球は、新人の時の記憶を呼び起こした。
僕はプロに入った時の合同自主トレで、杉澤さんの速球と変化球、谷口のパワー、竹下さんの走力、三田村の速球、原谷さんの肩、飯島さんの老獪なピッチング。
それらを目の当たりにして、自信を喪失した。
そのどれもが自分には足りないものであり、このままではすぐに解雇になる。
そんな危機感を覚えた。
それから一つ一つ積み重ねて、ようやくここまで来たのだ。
僕にとって谷口のパワーは憧れだった。
だから今季、谷口がかっての輝きを取り戻しつつあることが、嬉しくてたまらないのだ。
もし僕と谷口でチームの勝ちに貢献できれば、こんなに嬉しいことはない。
そしてそこに五香選手が加われば、最高だ。
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