第284話 オープン戦スタート
キャンプを怪我なく完走し、オープン戦が始まった。
昨季はシーズンを通じて下位に沈んだ、札幌ホワイトベアーズにとっては巻き返しの年のスタートである。
オープン戦の初戦は、何と沖縄での古巣、泉州ブラックス戦だった。
球場では懐かしい面々に挨拶して回った。
移籍時は慌ただしかったので、挨拶できなかった選手もいたので、良い機会となった。
「どうだ。ススキノは」と高台捕手。相変わらずだ。
「全く行っていません。お金も暇も無いですし…」
寮からススキノへはタクシーで、片道三千円くらいする。
それに飲み代を加えると…。
結衣からはそんなに小遣いをもらっていない。
「子供の将来のために貯金しておかないとね」と言われると、何も言えない…。
「そうか、まあ来年の交流戦の時までにはちゃんと調査しておくように」と岸選手。
嫌です。お断りします。(小心物のため、心の声です)
本当にこのちょい悪コンビは…。
オープン戦の初戦、僕は早速1番ショートでスタメンとなった。
そして谷口も7番ファーストで出場する。
泉州ブラックスの先発は、奇しくも僕のトレード相手の白石尚之投手だ。
試合前に初めて対面で挨拶したが、とても気さくな方で、温かい言葉をかけて頂いた。
今のところ、世間ではこのトレードは泉州ブラックスの方が得をしたと言われている。
白石投手は泉州ブラックスにトレード前は、3勝5敗だったのが、移籍後は5勝1敗と白星を重ね、チームの2位躍進に大きく貢献した。
日本シリーズへの進出はならなかったが、クライマックスシリーズでも白石投手は1勝し、今季は児島投手に継ぐ、先発の柱として期待されている。
1回表。
先頭バッターとして、いきなり白石投手との対決だ。
打っても打たなくても、ちょっとした話題になるだろう。
初球。
内角低めへのストレート。
見送ったが、ストライク。
2球目。
外角高めへのストレート。
バットを出したが、ファール。
3球目。
一球外してくるだろう。
レギュラーシーズンなら。
だが今日は調整のためのオープン戦だ。
しかも初戦。
僕はストライクが来ることを確信していた。
投球はど真ん中へのストレート。
いや、少し変化した。ツーシームか。
僕は思いっきり振り抜いた。
打球は良い角度でセンターに上がった。
今日の泉州ブラックスのセンターは自主トレ仲間の富岡選手である。
富岡選手は懸命に追ったが、打球はその上を越え、外野フェンスにぶつかった。
僕は一塁を蹴り、二塁に向かながら、打球の行方を見ると、ようやく富岡選手がボールをグラブに納めたところだ。
「よし行ける」
僕は二塁も蹴って、三塁に向った。
送球が来たが、余裕をもって三塁に達した。
三塁打だ。幸先が良い。
もっともオープン戦の序盤は、まだピッチャーが仕上がってきていないので、打者有利と言われている。
なぜならば、ピッチャーは開幕、もしくは開幕後にピークが来るように調整してくるからだ。
もちろん野手も開幕にピークを合わせていくのは、同じであるが、それはむしろコンディションである。
打撃の調子は水物なので、必ずしも思う通りにならず、例えベテラン選手でも調子の波がオープン戦中にピークに来てしまい、開幕時には調子の底、ということもよくある。
とまあ、こんな事情を差し引いても、シーズン最初の打席で、しかもトレード相手の白石投手からヒットを打てた事は嬉しくないわけはない。
「いよいよ始まったな」
僕は三塁ベース上で、春の沖縄の心地よい風を感じながら、透きとおった青い空を見上げた。
1回表は、3番の道岡選手の犠牲フライでホームインし、1点を先制した。
そしてその裏に同点に追いつかれ、迎えた2回。
ツーアウトから7番の谷口の打順を迎えた。
初球。
外角低めへのツーシーム。
難しい球だと思うが、谷口はライト方向に打ち返した。
ファールになるかと思ったが、打球は切れずにそのままスタンドに入った。
逆方向にあれだけ強い打球を打つとは、さすが谷口だ。
しかも結構、難しい球だったと思う。
見送ればボールだったかもしれない。
以前の谷口は、外角の球、特に右投手が投げるスライダーを苦手にしていたが、今のバッティングを見ると、コースによって広角に打ち分ける技術も身についてきたのかもしれない。
ベースを一周して、軽く笑みを浮かべながら、ベンチに戻ってきた谷口を迎えつつ、そう思った。
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