8年目 役者は揃った?

第282話 8回目のキャンプイン

 年が明けた。

 大晦日は自宅マンションに母親と妹、そして結衣のご両親が来て、ゆっくりと過ごした。

 いよいよ8年目のシーズンのスタートである。


 今シーズンの目標は何と言っても、規定打席到達である。

 試合に出続ける事ができれば、自ずと数字はついてくると思う。


 今年も1月4日から、沖縄で自主トレを行い、キャンプインに備える。

 今回は、谷口、原谷さん、そして泉州ブラックスの富岡選手、宮前選手のいつものメンバーに葛西が加わった。

(杉田投手は、今回からは泉州ブラックス若手投手陣の自主トレに参加することになった)


 途中からは、例年通り山城の親父も合流し、恒例の集中ノックを受けた。

 山城の親父は、本職は高校野球の監督をやっているが、昨秋の県大会を勝ち抜き、関東大会でもベストフォーに残り、春のセンバツへの出場が有力視されている。

 そんな大事なチームを差し置いて、僕らの相手をしていて良いのだろうか。

 それについて聞いてみた。

 

「いいんだよ。コーチもいるし、野球するのは俺ではなく選手だ。

 それにお前らも俺のノックを受けないと、年が始まった気がしないだろ」

 確かにそれはある。

 そして僕がプロとしてそれなりに守備をセールスポイントにできているのも、1年目の山城コーチとの夜間特訓の賜物だと思っている。


 もし春のセンバツに選ばれたら、どんな嫌がらせをしようか、皆で相談している。

 食べきれないくらいの量の焼き肉、使い切れない量の野球道具、大量の小銭での寄付金などが候補に上がっている。

 山城さん個人には、飲みきれない量のビールを送るのも、面白いかもしれない。


 ということで、今年も二泊三日、好き放題にノックを打って、山城さんは帰っていった。

「あー、来年はハワイに行きたいな」という余計な一言を残して。


 そして1月下旬、札幌ホワイトベアーズのキャンプ地に、谷口と合流した。

 キャンプ地は自主トレと同じ沖縄県内なので、気候に慣れた上で、キャンプをスタートできる。


「やあ、お久しぶり」

 キャンプ前日、ホテルのロビーで、スポーツ新聞を読んで寛いでいると、背後から声がした。

 振り向くと、五香選手だった。

 

「よお、久しぶり…。

 随分、黒くなったな」

 五香選手は向かいの空いている椅子に腰を降ろした。

 

 久しぶりに見た五香選手は、野球選手としては痩せ型なのは変わらないが、色黒の精悍な顔つきをしており、これだけでもアメリカの独立リーグ、マイナーリーグで揉まれてきたのがわかる。

 

「何しろ向こうはデーゲームばかりだからね。

 まあそこは日本の二軍と一緒だけどね」

「いゃあ、驚いたよ。

 まさか同じチームで野球をやることになるとは思っていなかった」

 

「本当だね。山崎君はもうアメリカへ経ったのかな」

「確か昨日の飛行機だったかな。昨年末の忘年会で、ファーストクラスに乗ることを盛んに自慢していたから」

 どうやら契約に、渡米の際の航空機代や、ホテルの滞在費用なども事細かに盛り込まれているらしい。

 

 山崎はファーストクラスではほぼ個室のシートで、フランス料理のコースを食べられる事を楽しみにしていた。

 これから100億円以上も稼ごうとしている男が、みみっちい事をと、思わなくもないが、それがまた愛すべき山崎という人間なのである。

 

「僕のプロ入りへの道を開いてくれたのは、彼のお陰だと思っている。

 素直に成功を祈っているよ」

「山崎こそ、五香君に2本ホームランを打たれたことで、挫折を知って、今のような投手になれたと思っているよ。

 こないだの忘年会の3次会か4次会で、確かそんな事を言っていた」

 

 これは本当である。

 山崎は相当酔っ払っていたが、そんな事を口走っていた。

 プライドが高いので、素面では絶対にそんな事を言わないが、素直にそう思っているようだった。

 

「それならうれしいけどね。

 まあ日本球界では対戦することは叶わなかったけど、野球を続けていれば、いつか対戦できるかな」

 五香選手は岡山ハイパーズ時代は、山崎が所属していた京阪ジャガーズと一軍も二軍も同一リーグだったが、対戦はなかったそうだ。

 

「そうだね。俺もいつか、また山崎と対戦したいな。

 今は遠いところに行ってしまったけど」

 そう、僕にとっても再び山崎と対戦することは目標である。

 

 少なくとも山崎は7年間は大リーグにいるだろうけど、その後は日本球界に戻ってくるかもしれない。

 その時まで現役でいることができれば、いつかそんな日がやってくるかもしれない。

 その日を夢見て、僕もレベルアップをしていきたい。

 これからはそれを密かな目標として、野球人生を送っていきたいと思っている。

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

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