第280話 忘年会①(ドラフト同期編)
年末は忘年会シーズンであり、それはプロ野球選手にとっても同様である。
シーズン中、会えない人と会える貴重な機会であり、年に一度しか会えない人もいる。
静岡オーシャンズのドラフト同期との忘年会もそんな機会の1つである。
ドラフトから7年が経過し、今となっては静岡オーシャンズに残っているのは、杉澤投手と原谷捕手だけになった。
杉澤投手は入団から数年間は、ローテーション投手として活躍し、最高で13勝を挙げたシーズンもあったが、6年目のシーズン途中にに肘の手術をし、今季は一軍、二軍とも登板機会が無かった。
原谷捕手は第2または第3捕手として、今季は36試合に出場し、忘れた頃にホームランを打つなどそれなりに(?)戦力になっている。
(今季も打席数はそれほど多くない中、4ホームランを打った)
「えーと、今回もお集まり頂き、ありがとうございました。
年に一度こういう場をもてたというのは嬉しく思います」
幹事の三田村が硬い挨拶をしている。
「今年は高橋隆介と谷口が札幌に飛ばされるなど、激動の年になりましたが、このように、7人全員が集まれたのは…」
「長えよ。ていうか、飛ばされたとは何だ」
「じゃあ島流しに…」
「お前、札幌来たことないだろう。日本5位の大都市だぜ」
というように今年も和やかな雰囲気で始まった。
「杉澤、肘の状態はどうだ」と原谷さんが聞いた。
「ああ、今のところは順調だ。年俸も下がったし、取り返さないとな」
そう言って杉澤さんは、投げる仕草をした。
リハビリは順調のようで、来年は春季キャンプから投げられるとのことだ。
昨年と比べても表情が明るい。
もうひと花咲かせてほしいと思う。
杉澤さんはドラフト同期ではあるが、4つ年上であり、僕がプロ入り時から憧れの存在でだった。
最高年俸は1億2,000万円まで行ったが、ここ数年はケガで思うような成績を残せず、来季年俸は2,000万円と報道されている。
改めて厳しい世界だ。
もっとも多く年俸をもらっていた時代も堅実に暮らし、貯金をしていたので、税金の支払い等に困ることはなかったそうだ。
こういう点でもお手本になる。
「谷口は来季、チャンスだな」と竹下さん。
「はい、来季は暴れますよ」
谷口には珍しく、強気の発言だ。
今季、相当フラストレーションが溜まっていたようで、札幌ホワイトベアーズへの移籍を前向きに捉えていた。
谷口はどちらかというと、不器用であり、狙い球を絞ってその球を仕留めるスタイルだ。
だから1打席勝負は得意ではなく、4打席与えられて、その中で、結果を出すタイプだ。
札幌ホワイトベアーズでは、少なくとも最初はチャンスを与えられるだろう。
人のことを心配している立場では無いが、是非、チャンスをつかんで欲しいと思う。
「竹下さんはいかがですか」
「おう、まさかこの歳になって都市対抗に出るとは思ってもみなかった」
竹下さんは昨シーズン限りで引退したが、コーチ兼選手として出身の社会人野球チームのJR東北から声がかかった。
コーチ業がメインとのことだが、俊足は健在であり、都市対抗では代走で出場し、盗塁を決めた。
「しかし原谷さんもしぶとく生き残っていますよね」と三田村が余計な事を言った。
「ヒットの半分がホームランというのも凄いですよね」
「そうだろ。もしフル出場したら、ホームラン30本は行くぜ」
「そうしたら三振も300行くんじゃないか?」と飯島さん。
確かに今季、40打数のうち、24三振という凄い記録を作った。
打数の6割が三振というのもなかなか珍しい。
普通、キャッチャーは配球を読んで、好球必打を狙うものだと思うが、原谷さんは力任せに振り回しているように見える。
確実性を上げることが、出場機会を増やすための近道だろう。
「飯島さんもチームの都市対抗進出、おめでとうございます」
「おう、もっとも俺は竹下と違って、バッティングピッチャーとしてだがな」
謙遜しているが、社会人野球のチームで、投手コーチをやっており、時々バッティングピッチャーも担うようだ。
飯島さんのような緩急を操るクセ球は、マシンでは投げられないので、実戦に即した練習になるのだろう。
「三田村はどうだ。来年は就職活動だろう」
三田村はプロ4年で引退し、トレーナーになるべく大学に入り、来年は4年生だ。
「はい、でも実はもう決まっています」
「ほう、こんなに早く決まるのか?」
「実は静岡オーシャンズから、卒業したら球団職員として雇用してくれると言われています」
「本当か?」
「はい先日、東田GMから連絡がありまして、卒業したら是非来てくれと言って下さりました」
「東田GMって、あのアメリカでMVPを取った人か」
「バカ、それを言うならMBAだ」
三田村にバカと言われると、他の人から言われる以上に腹が立つ。
「えっ、アメリカでバスケットやっていたのか?」
「アホ、それはNBA。MBAは経営学修士のことだ」
今度はアホと言われた。
夜道にはくれぐれも気をつけろよ。
「そうか、それは良かったな。
彼女とは順調なのか?」と飯島さん。
「はい、まあ」
三田村は言葉を濁した。
「さては倦怠期か」と僕は聞いた。
「うるせぇよ。ただ、いつもお兄さんの愚痴を聞かされるんですよ。
相変わらず、粗暴で粗野で粗雑だって」
「ふーん、乱暴者の親族を持つと苦労するな」
「本当にそうですね。
でも今は少し遠いところに行ったので、以前よりはマシになったようですが…」
「隆も札幌は慣れたか?」
「うーん、まだまだですね。
今シーズンはずっとホテル暮らしでしたし。
いずれ家族も札幌に来る予定ですが、当面は寮暮らしです」
「谷口も寮か?」
「いえ、昨年結婚したので、妻とマンションを借りる予定です」
「え?、結婚していたのか?」
「そうなんですよ。こいつ、僕にも黙っていたんですよ。薄情な奴ですよね」とここぞとばかりに僕は谷口をディスった。
谷口は軽く笑みを浮かべた。
相変わらず、口数が少ない。
最後にいつもの「それゆけ、静岡オーシャンズ」の歌を肩を組んで歌った。
いつになってもドラフト同期の絆は変わらない。
来季もまた会えると良いな。
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