第272話 五香という選手を覚えていますか?

 結局この試合、山崎は6回でマウンドを降りた。

 点差は僕のランニングツーランホームランで2点を返し、6対3となっている。


 そして結局、このスコアのまま試合は終わり、山崎は16勝目を挙げた。

 僕は8回に第4打席を迎えたが、サードファールフライに倒れてしまった。

 でも4打数2安打。

 いわゆるマルチ安打だった。

 しかしこれで僕が山崎から打ったホームランは通算で3本目、今シーズンでも2本目だ。

 打数が少ないことを考えると、かなり高いホームラン確率だ。

 山崎相手だと、普段以上の力が出るのかもしれない。


 翌日も京阪ジャガーズ戦がある。

 出発前にホテルのロビーでスポーツ新聞を読んでいた。

「えっ?」

 あるニュースを読んだとき、おもわず声が出てしまった。

 

 大リーグでは9月になると、セプテンバーコールアップと言う、選手の出場枠が拡大される制度がある。

 その制度により、1人の日本人選手がアクティブロースター入りを果たしたというのだ。

 その日本人選手の名は、五香。

 とても驚いた。


 僕は彼を知っている。

 高校時代の地区予選で対戦した。

 彼は八橋高校の1番ピッチャーとして出場し、当時向かうところ敵なしだった、山崎から二本のホームランを打った。


 五香選手はそれまで全くの無名だったが、バッティングだけでなく、ピッチャーとしても全国制覇した僕ら、群青大学附属高校を苦しめた。

 ドラフトではそれを評価されたのか、岡山ハイパーズから9位指名され、プロ入りした。

 

 プロでは投打の二刀流に挑戦したが、どちらもプロでは通用せず、プロ4年目のシーズン終了後、戦力外通告を受けた。(94話)

 その後、トライアウトを受けるも、吉報は届かず、アメリカの独立リーグに挑戦したところまでは報道で知っていた。

 

 その五香がいつの間にかマイナーリーグでプレーし、今回メジャーに昇格したというのだ。

 驚かないわけはない。


 マイナーリーグ(AAA級)の成績を見ると、バッターとしては、打率.233、ホームラン3本、盗塁15。

 ピッチャーとしては、ほとんど中継ぎで28試合に登板して、防御率3.47。

 突出した数字では無いが、代走として出場して、そのまま中継ぎで投げるというプレースタイルで、アメリカの野球ファンからは注目されているようだ。


「元気にやっていたんだ」

 僕は嬉しくなった。

 正直、五香選手とはプロ入り後、キャンプ地の沖縄で偶然会って、少し会話したくらいしか面識はない。(34話)


 だが地区予選での、あの苦戦が無ければ、地区予選を勝ち抜いたとしても、全国大会のどこかでコロッと負けていたかもしれない。

 あの試合後、山崎は明らかに変わったし、僕らも油断大敵という事を思い知った。


 だからその後の試合、地区予選でも甲子園でも、ヒット1本、アウト1つに拘り、それが全国制覇という結果に結びついたのだと思う。

 そういう意味でもあの試合は、僕らの高校、そして僕ら一人ひとりにとってもターニングポイントだったのかもしれない。


 しかし大リーグ昇格とは凄いことだ。

 岡山ハイパーズを退団して、2年半、単身アメリカに渡って、恐らく大変な苦労をしただろう。

 ヤホーで彼の経歴をググると、独立リーグを1年経験後、昨シーズン開幕前にマイナーリーグのルーキーリーグに入り、やがてA級に上がり、今季開幕はAA級で迎えたそうだ。

 そして5月にAAA級に上がり、今回、大リーグ昇格を果たしたということだ。


 五香選手が所属しているウェストバージニア・アニマルズは、今シーズン開幕からずっと最下位に沈み、観客動員数も低迷している。

 よって今回の五香選手の昇格は、二刀流という話題性もあっての客寄せパンダ的な側面もあるかもしれない。

 だとしても凄いことだと思う。

 

「僕も負けちゃいられないな」

 素直にそう思った。

 よし、今日も打つぞ。

 僕は新聞を畳み、バックにしまい、チームバスに乗るために立ち上がった。

 


 


 

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