第271話 思わぬ結果

 ノーボール、ツーストライクからの3球目。

 僕はバットを握りこぶし半個分、短く持った。

 追い込まれてからが僕の真骨頂である。

 少なくともそうありたい。


 内角へのツーシーム。

 ボールに見えたが、カットした。

 僕はカット打法に切り替えている。

 決してフォアボール狙いではない。

 タイミングを合わせているのだ。


 4球目。

 外角低めへのスプリット。

 これもカットした。

 カウントはノーボール、ツーストライクのまま。


 5球目。

 ど真ん中へのツーシームか、いやストレートだ。

 完全に裏をかかれたが、辛うじてバットには当てた。

 ファール。


 6球目。

 外角低めへのフォークボール。

 バットが出かかったが、何とか止めた。

 判定はボール。

 カウントはワンボール、ツーストライク。


 7球目。

 内角高めへのストレート。

 見送ってボール。


 8球目。

 外角低めへのスプリット。

 何とか遠く見えたが、カットしてファール。

 カウントはツーボール、ツーストライク。


 そして9球目。

 内角低めへのストレートを捉えた。

 打球は三塁線に飛んでいる。

 だがサードの天野選手は守備が上手い。

 横っ飛びで捕球し、一塁に送球してきた。

 懸命に走ったが、アウト。

 うーん、ヒット1本損した。


 3回裏は大磯投手がツーアウト満塁のピンチを背負うも、何とか無失点で切り抜けた。


 そして4回表裏、5回表裏も両チーム無得点となり、序盤とは打って変わって試合が落ち着いてきた。


 6回表は大磯投手の打順であり、ロイトン選手が代打で出た。

 大磯投手は内容はともかく3回と2/3を無失点で抑えたことになり、恐らく次の登板機会も与えられるだろう。


 ロイトン選手は山崎のスプリットに詰まったものの、ライト前に落とした。

 外野陣が長打警戒で、深めに守っていたのが幸いした。

 

 ノーアウト一塁の場面で、僕の打順を迎えた。

 点差は変わらず6対1と、5点のビハインド。

 接戦なら送りバントの場面だろうが、点差が開いていることから、サインは「打て」である。

 

 ロイトン選手は外国人としてはやや細身の体型であり、足も遅くはない。

 何とか僕も出塁し、チャンスを広げたいところだ。

 ここはダブルプレーは最悪であり、悪くてもランナーを二塁に進めるバッティング、つまり右打ちをしたい。

 京阪ジャガーズの内野陣もそれがわかっており、やや右寄りの守備体系である。


 山崎の初球は、内角低めのスプリット。

 外角なら右へ流しやすいので、内角をついてきた。

 見送ればボールだろう。

 しかし以前述べたように僕は山崎のスプリット(ストリップではありません。念のため)は見慣れている。


 腕を畳んで思い切り、引っ張った。

 強い打球が三塁線に飛んだ。

 サードの名手、天野選手が飛びついてきた。


 打球は天野選手のグラブの先をかすめ、レフトへ抜けた。

 そしてファールゾーンへ転がっている。


 一塁ランナーのロイトン選手は二塁を蹴り、三塁に向かっている。

 僕も一塁ベースを蹴り、二塁に向かった。


 レフトのジャクソン選手が打球を追ったが、打球はファールゾーンのフェンスに当たり、イレギュラーな跳ね方をした。

 ジャクソン選手は裏をかかれ、跳ねた打球を取ることができず後ろに逸し、レフトに転々としている。


 ロイトン選手は三塁を蹴ってホームインし、僕も打球の行方を見て二塁を蹴って、三塁に向かった。

 センターの中道選手がカバーに入っており、打球を取ろうとしたが、打球は更に外野フェンスの下部に当たり、またイレギュラーな跳ね方をした。


 中道選手はそのクッションボールの処理に手間取っている。

 サードに向かいながら、三塁コーチャーの澄川コーチを見ると腕を回している。

 ホンマかいな。


 僕は夢中で三塁ベースを蹴って、ホームに突っ込んだ。

 中道選手からの送球がバックホームされてきた。

 タイミングは微妙だ。

 僕は賭けに出た。


 まっすぐホームベースに向かわず、少し回り込んで手でタッチに行った。

 送球はライト側に少し逸れている。

 僕がホームベースにタッチするのと、城戸捕手のキャッチャーミットが手に触れるのはほぼ同時に思えた。

 判定は?

 

「セーフ」

 何と城戸捕手はミットからボールをこぼしていた。

 僕はガッツポーズしながら、ベンチに戻った。

 

「ナイスホームラン」

 道岡さんから声をかけられた。

「え?」

 ホームラン?

 スコアボードを見ると、エラーのランプはついていない。

 ということは?

 

「ランニングホームランということだな」

 下山選手が言った。

 え?、そうなのか。

 スコアラーに確認すると、確かに記録はランニングホームランということだ。

 移籍後第一号のホームランがこんな形になるなんて。


 マウンド上で呆然と天を仰いでいる山崎を見ながら、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

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