第237話 先取点なるか?

 岸選手は以前はフライアウトが多かったが、最近はライナー性の打球を打つことを心がけているようで、打率も安定してきた。

 ワンアウト三塁なので、犠牲フライでも良いが、ゴロなら本人も俊足なので一塁セーフとなる可能性がある。

 山崎もそれが良くわかっており、このピンチを凌ぐには岸選手を三振に打ち取るのが望ましい。


 初球。

 外角低めへのツーシーム。

 岸選手は見送り、判定はストライク。

 ボールゾーンから微妙に曲がり、ストライクゾーンぎりぎりに決めてきた。

 岸選手としては遠く見えたのだろう。


 2球目。

 内角低めへのスプリット。

 岸選手は見送り、判定はストライク。

 カウントはツーストライク。


 僕はベンチのサインを確認した。

 山崎は僕の方をチラッと見て、3球目を投じた。

 そして僕はスタートを切った。

 投球は外角低めへのスプリット。

 ワンバウンドし、岸選手は当てることができず、空振りの三振。

 作戦は失敗だ。

 だが僕はそのままホームに突っ込んだ。

 タイミングはアウトだろう。

 ワンチャンあるか。

 僕はあえて大きく周り込んで、手でホームベースを狙った。

 城戸捕手がタッチに来る。

 判定は?

「アウト」


 僕はベンチにアピールした。

 なぜならタッチは空振りしたからだ。

 一番僕が良くわかっている。


 朝比奈監督は僕のアピールに応え、リクエストをした。

 オーロラビジョンにさっきのプレーが映し出されている。

 タイミングは確かにアウトに見える。

 しかし拡大した映像が流れた瞬間、京阪球場の大勢を占めるジャガーズファンからの歓声と嘆息が混ざった声が球場内に響いた。


 暫くして審判が出てきた。

「セーフ」

 よっしゃー。

 僕はガッツポーズしてベンチに戻った。

 山崎そして城戸捕手も、よもやここでスタートを切るとは思っていなかっただろう。

 僕もサインを見た時は目を疑った。

 だが三塁コーチャーに確認しても、見間違いではなかったので覚悟を決めて、一か八か突っ込んだのだ。

 こういう時は思い切りが大事なのだ。


 チームメートとハイタッチした後、興奮冷めやらぬまま、ベンチに座った。

 城戸捕手がマウンドに行き、山崎と話している。

 恐らくまだ1点だ、気にするなというような事を話しているのだろう。


 この回は続く岡村選手の打球は良い角度で上がったが、若干バットの先だったようで、フェンス直前で失速し、弓田選手のグラブに収まった。


 7回裏の児島投手はワンアウトから、この試合、初の長打となるツーベースヒットを打たれたが、後続を退け、無失点に抑えた。


 8回表も山崎はマウンドに上がった。

 この回の泉州ブラックスの攻撃は5番のデュラン選手からであったが、簡単に三者凡退に終わった。

 山崎はここまで僕の内野安打一本しか打たれていない。

 球数も89球なので、9回も投げるかもしれない。

 そうなれば僕との日本球界最後の対決が実現する。


 8回裏のマウンドは、児島投手に替わり、セットアッパーの山北投手がマウンドに上がった。

 児島投手は結局、京阪ジャガーズ打線を7回無失点に抑え、エースとしての貫禄を見せた。


 山北投手は今日は調子があまり良くないのか、先頭バッターにフルカウントからフォアボールを与え、次のバッターには一二塁間をゴロで破られ、ノーアウト一、三塁のピンチを背負った。


 そして迎えるバッターは、9番ピッチャーの山崎である。

 山崎は高校時代に3番を打っていたくらいだから、打撃も得意である。


 山北投手の球は今日は全体的に高い。

 ワンボールからの高めのストレートを捉えた打球は、センターに飛んだ。

 岸選手は懸命に追ったが、やや前進守備を敷いていたこともあり、その頭の上を越してしまった。

 三塁ランナーはもちろんの事、一塁ランナーもホームインし、これで2対1。

 逆転されてしまった。

 山崎のツーベースヒットだ。


 ここで京阪ジャガーズは1番に戻る。

 泉州ブラックスベンチは、山北投手に替えて、倉田投手をマウンドに送った。

 倉田投手はいきなりノーアウト二塁のピンチを背負ってのマウンドだったが、ランナーを三塁まで進めたものの、後続を打ち取り、追加点は許さなかった。

 さあ9回表、8番のからの打順なので僕に打順が回る。

 果たして山崎は9回もマウンドに上がるのか。

 僕はベンチに帰りながら、京阪ジャガーズのベンチを見た。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

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