第236話 グリーンライトのサイン(別名:盗塁は自己責任)

 4回表の泉州ブラックスの攻撃は結局三者凡退に終わった。


 そして児島投手も一歩も譲らず、4回裏も三者凡退に抑えた。

 ここまで両投手とも一人のランナーも許していない。

 僕は昨年の対戦でノーヒットノーランをやられたことが脳裏に浮かんだ。

 どうやら山崎は僕と対戦する時は、いつも以上の力を発揮するようだ。


 5回表。

 この回先頭の4番の岡村選手はフルカウントからフォアボールを選んだ。

 この試合、両チームあわせて初めてのランナー。

 これで少なくともパーフェクトは無くなった。

 山崎は球審がフォアボールを告げた瞬間も悔しそうな表情を全く見せなかった。

 やはり昔の山崎とは違う。

 凄みすら感じる。


 そして続く5番のデュラン選手はど真ん中へのストレートを強振した。

 しかしバットが折れ、打球は平凡なピッチャーゴロとなり、二塁、一塁と転送されダブルプレー。

 6番の水谷選手も三振に倒れ、この回も3人で攻撃が終わってしまった。


 そして5回裏、児島投手は打たせて取るピッチングで、何と5球で三者凡退に抑えた。

 この試合、意地と意地、そして豪と柔のぶつかり合いとなっている。


 5回終了後のグラウンド整備と、チームジャガーズというチアリーダーのパフォーマンスを挟んでの6回表の攻撃も三者凡退に終わり、その裏も児島投手が内野安打を一本打たれたものの、無失点で切り抜けた。


 7回表ラッキーセブンは僕からの攻撃だ。

 マウンドには引き続き、山崎が上がっている。

 初球、真ん中高めへのストレート。

 僕はヒッティングの構えからセーフティーバントをした。

 打球は三塁方向に転がった。

 それを横目に必死に一塁ベースに向かって走った。

 送球が来た瞬間、一塁ベースを駆け抜けた。

「セーフ」

 僕は小さくガッツポーズした。

 どんな形であれ、ヒットはヒットだ。

 泉州ブラックスは山崎に対し、昨年からの14イニング連続で無安打に抑えられていたが、ようやくヒットの青ランプを球場に灯した。

 そして僕自身も12打席ぶりのヒットだ。

 一塁ベース上から見た、山崎の表情は変わらず無表情のままだ。


 ノーアウト一塁。

 バッターは伊勢原選手。

 送りバント、盗塁、ヒットエンドラン。

 いろいろな可能性がある。

 僕はベンチのサインを見た。

 サインはグリーンライト。

 隙があれば盗塁せよ、ただし失敗は自己責任ということ。便利なサインだ。


 リードをしつつ、山崎の様子を見た。

 山崎は僕の方をちらっと見ただけで、クイックで初球を投じた。

 僕はスタートは切らなかった。投球はストライク。


 2球目を投げる前に、山崎から牽制球が2球連続で来た。

 僕は足から滑り込んで一塁に帰塁した。

 いつも牽制球には気をつけている。

 牽制球に刺されるくらいなら、一切リードしないほうがマシだと思う。

 僕の売りは足であるが、数よりも盗塁成功率に拘りたいと思っている。


 2球目を投げた、と思ったらまた牽制球が来た。

 山崎は牽制球を投げるのも上手くなった。

 僕は集中していたので戻れたが、気を一瞬でも緩めたら刺される。

 今の山崎にはそのような技術もある。

 

 2球目を投げた瞬間に、僕はスタートを切った。

 スタートを切ったら余計な事は考えない。

 ひたすら二塁ベースを目指すだけだ。

 そしてその時、無になる瞬間がある。

 観客の声も何も聞こえなくなり、視界に入るのは二塁ベースとそこにたどり着くまでの道筋だけ。

 僕はこれが盗塁の醍醐味だと思っている。


 二塁ベースに滑り込むと同時にキャッチャーからの送球が届き、タッチに来た。

 感触としてはセーフだと思う。

「セーフ」

 審判が左手を広げた。


 ここでようやく歓声が耳に入るようになった。

 京阪ジャガーズベンチはリクエストはせず、盗塁成功だ。

 これでノーアウト二塁。

 山崎は何事もなかったかのように、ロージンバッグに手をやり、再びバッターと対峙している。


 2球目の投球はボールだった。

 カウントはワンボール、ワンストライク。

 伊勢原選手はバントの構えをしている。

 今日の山崎からは1点を取るのがやっとだろうし、児島投手の調子からしても1点あれば有利に試合を進められる。


 そして伊勢原選手は山崎の外角低めへ逃げるスライダーを上手くバントし、ワンアウト三塁になった。

 迎えるは3番の岸選手。

 もっかチームでは最高打率.291の打者であり、チャンスには強い。

 僕は三塁ベース上に立ち、ゴロであればどんな打球でもホームに突っ込む覚悟をした。

 いわゆるギャンブルスタートだ。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る