第238話 僕からの餞(はなむけ)

 注目の京阪ジャガーズの最終回のマウンドには山崎が上がった。

 京阪ジャガーズには抑えの切り札のギャレット投手もいるが、ここは山崎に託したようだ。


 打順は8番の高台捕手からだったが、あっさりと三振した。

 9番はピッチャーの打順なので、代打で富岡選手が起用されたが、ファーストゴロに倒れた。

 

 9回ツーアウトランナー無し。

 点差は2対1。

 泉州ブラックスとしては追い込まれた。

 そして1番の僕の打順を迎えた。

 恐らくこれが日本での山崎との最後の対戦となる。

(日本シリーズに進出しない限りは)


 僕はゆっくりと打席に向かった。

 山崎は相変わらず表情を変えない。


 初球。

 真ん中低めへのスプリット。

 相変わらず凄い球だ。

 見送ったが、判定はストライク。


 2球目。

 外角低めへのツーシーム。

 見送ってボール。


 3球目。

 内角低めへのツーシーム。

 何とか当ててファール。


 これでワンボール、ツーストライク。

 追い込まれた。

 僕は一度打席を外した。


 山崎の投げる球は高校時代から大きく進化している。

 決め球は分かっている。

 高速スプリットだ。

 そしてそれはもはや日本では無敵だろう。

 長年その球を見ている僕以外には…。


 4球目。

 完璧にスプリットを捉えた。

 これは僕からの餞(はなむけ)である。

 いくら良い球でもストライクゾーンに投げればこういう事がある。

 一球の怖さ。

 もちろん山崎だって良くわかっているだろうが、大リーグでは日本以上に失投を見逃してくれないはずだ。

 

 僕は打球がレフトスタンドに飛び込むのを確認してから、ゆっくりとベースを回った。

 今シーズン4号は土壇場での起死回生の同点ホームランだ。

 そして僕にとっては1シーズンでの最多本塁打を更新したことになる。

 

 京阪ジャガーズの村野監督が出てきて、ピッチャー交代を告げた。

 山崎はマウンドを降りてベンチに戻る際に、チラッと僕の方を見た。

 山崎は今日初めて、微かに笑みを浮かべたように見えた。

 プロの世界での山崎との真剣勝負。

 僕が高校に入学した時は夢にも思わなかった。

 またいつか対戦しような。

 ベンチに下がっていった山崎の背中に語りかけた。


 試合は9回裏ワンアウトから、抑えの平塚投手がサヨナラホームランを喫し、敗れた。

 

 この試合の泉州ブラックスのヒットは二本だけだったが、そのいずれも僕が打ったものだ。

 打率も一時は.268まで落ちたが、.283(99打数28安打)まで持ち直した。

 どうやらスランプも脱出したようで、昨日の験担ぎの効果かもしれない。

 次はホームに戻っての岡山ハイパーズとの三連戦だ。


 翌日、僕はスポーツ新聞を買った。

 プロ野球にはオールスターゲームというものがある。

 7月頃に一週間近く休みがあるのはこのせいだ。

 オールスターへの出場はファン投票と監督推薦があり、これに出場することはプロ野球選手として、一つの夢である。


 僕はこれまでオールスターなど自分には縁が無いものと思っていたので、全く意識していなかった。

 しかしながら今年はファン投票のショートのポジションで、何と5位につけているとのことた。

 結衣に言われて初めて気がついた。

 もちろんオールスターに選ばれることは無いだろうが、名前が出るだけでも嬉しい。


 ファン投票のウェブサイトではポジション別に各チーム1人ずつ名前が載っており、泉州ブラックスのショートは僕になっているようだ。


 これはつまり泉州ブラックスのショートのレギュラーは僕と認められたことであり、とても嬉しく思う。

 確かに今季、規定打席には到達していないが、チーム試合数の約半分にショートのスタメンで出場している。

 まだシーズン半ばにもなっていないが、安打数、ホームラン数は既に過去最高となっており、自分でも充実した7年目のシーズンを過ごしていると感じている。

 



 

 

 


 

 

 

 


 

 

 

 

 



 

 

 

 

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