第227話 盗塁かバスターエンドランか

 僕は一塁ベース上から、ベンチのサインを見た。

 チームにとって大事なランナーだ。

 間違っても牽制球で刺されるような事があってはいけない。

 一方でピッチャーにプレッシャーをかけるためには、慎重かつ大胆なリードが求められる。

 僕は帰塁に意識を置きながらも、大きなリードを取った。


 案の定、3球連続で牽制球を投げられた。

 次のバッターは高台捕手。

 当然ここは送りバントだろう。

 最初からバントの構えをしている。

 ところが初球、外角低めへのスプリットをバットに当てることができなかった。


 2球目。

 僕はスタートを切った。

 というのもベンチのサインが盗塁に変わったのだ。

 ところが何を思ったか、高台捕手はバントの構えから、ヒッティングした。

 え?、今のサインはバスターエンドランだったか?


 打球はうまい具合に一二塁間に転がり、ライトに抜けて行った。

 僕はもちろん二塁ベースを蹴って、三塁に向かった。

 サードコーチャーの保谷コーチに確認したが、やはり盗塁で間違いなかった。

 高台捕手はガッツポーズしているが、先日の泉選手と同じように後からこってりと絞られるだろう。


 兎にも角にもノーアウト一三塁、勝ち越しの絶好のチャンスだ。

 今日の9番はピッチャーの打順なので、代打として金沢選手が告げられた。

 金沢選手は今シーズンは開幕から二軍暮らしだったが、昨日一軍に昇格した。

 これが今シーズン初出場である。

 代打候補としては、富岡選手もいるが、金沢選手は足が速いので、内野ゴロでもダブルプレーは避けられるという判断かもしれない。


 熊本ファイアーズの守備はバックホーム体制。

 ここは1点もやらないという意思表示だろう。

 僕は三塁ベース上から、ベンチのサインを見た。

 ここはスクイズもありうる。


 しかしベンチのサインは「打て」。

 金沢選手はバットを短く持っている。

 何としてもゴロを打ちたいということだろう。

 そして僕はゴロならホームに突っ込む心構えをしている。


 熊本ファイアーズ側としては、三振か内野フライ、もしくは球足の速いゴロを打たせたいところだろう。

(球足の速いゴロなら、バックホームでタッチアウトも有り得る)


 初球。

 外角高目へのストレート。

 金沢選手はバットを短く持っているため、届かない…と思われた。

 しかし金沢選手はこの球を読んでいたように、腕を伸ばしてバットに当てた。

 高いバウンドのゴロがピッチャーの頭を越えて、ショートに飛んでいる。

 僕はホームに突っ込んだ。


 ショートの日向選手はバックホームは諦めて二塁に投げた。

 二塁はフォースアウト。

 そして一塁に転送されたが、一塁はセーフ。

 僕はホームインし、貴重な勝ち越し点が入った。

 

 これで7対6。

 ワンアウトでランナーは一塁に俊足の金沢選手。

 バッターは先頭に帰って、1番の伊勢原選手。

 もう1点取れれば、より勝利の可能性は高まる。


 伊勢原選手への2球目、金沢選手は盗塁を試みたが惜しくもアウト。

 そして伊勢原選手も三振し、この回は1点止まりで終わった。


 9回裏のマウンドには抑えの切り札、平塚投手。

 百戦錬磨であるが、稀にコントロールが定まらず自滅することもある。

 しかしこの日は調子が良いようで、難なく三者凡退に退けた。


 勝利が決まった瞬間、平塚投手は雄叫びをあげ、やがてマウンド付近に歓喜の輪ができ、僕らはハイタッチをした。

 一時は5点差がついたのを追いつき、追い越した。

 この勝ちは大きい。


 ヒーローインタビューは平塚投手のようだ。

 今日でプロ野球通算で100セーブを達成したのだ。

 アウェーの試合はヒーローインタビューは1人だが、もし今日がホームでの試合だったら、きっと打のヒーローとして僕も呼ばれたことだろう。

 まあ人前で話すのは得意では無いけど。


 交流戦は一日置いて、次はアウェーでの仙台ブルーリーブス戦。

 今日は熊本に宿泊して、明日は仙台に移動する。

 ちなみに高台捕手は、やはりサインミスを注意されたらしく、憂さ晴らしに飲みに行くぞ、と誘われた。

 平塚投手の100セーブのお祝いもあり、今日は断ることができず、ついていくことになった。

 まあいいか、明日は移動日だし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 


 


 

 

 

 

 

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