第226話 大チャンスの場面
熊本ファイアーズのキャッチャーの大隅捕手がタイムを取り、マウンドに向かった。
伊東投手に一呼吸入れさせるためだろう。
僕は一度バッターボックスから出て、軽く素振りし、屈伸した。
スリーボール、ノーストライクとは言え、相手も好投手。
簡単にストライクを取りに来ないだろう。
だがストライクゾーンには入れてくるはずだ。
難しい球には手を出さず、好球必打。
バッター有利なカウントとは言え、決して簡単なことではない。
大隅捕手が戻って、試合再開。
僕もバッターボックスに入った。
4球目。
真ん中低目のスプリット。
僕はあえてファールとした。
見送ってもストライクだろうし、打っても内野ゴロだ。
咄嗟に僕はそう判断し、タイミングを合わせるためにあえてバットに当てたのだ。
次はどんな球が来るだろうか。
またしても低めへのスプリット。
さっきとほぼ同じコースだ。
見送ればストライク。
打っても内野ゴロ…。
だが僕にはさっきの球の残像が残っていた。
だからうまく掬い上げることができた。
打球はセンターに飛んでいる。
センターの国分選手は前進守備を敷いていたが、俊足だ。
懸命に追っている。
どうか、抜けてくれ。
国分選手はグラブを懸命に伸ばした。
どうだ。
大歓声が聞こえた。
それはどちらかと言うと悲鳴に近いものだった。
打球は国分選手の伸ばしたグラブの先を掠め、フィールド上に落ちていた。
僕はそれを横目に見ながら、懸命に走った。
二塁に達した時点で、ようやく国分選手が打球を拾い上げたところだった。
躊躇せずに三塁に向かった。
送球が来たが、滑り込んでセーフ。
三塁打だ。
満塁のランナーはもちろん全員ホームに帰ったので、打点3。
三塁ベース上で自然とガッツポーズしていた。
これで6対6の同点。
しかもワンアウトランナー三塁。
逆転のチャンスとなった。
ここで熊本ファイアーズベンチも動き、ピッチャー交代。
下手投げの右腕、木下投手に代わった。
8番の高台捕手は空振りの三振に倒れ、9番の松田投手の代打で出場した、泉選手も凡退し、この回は同点止まりだった。
6回裏、同点に追いついたこともあり、泉州ブラックスも勝ちパターンの継投となる。
マウンドには御方投手が上がり、三者凡退に抑えた。
7回表の泉州ブラックスの攻撃は打順よく1番の伊勢原選手からの打順である。
だが続投した木下投手の前に、三者凡退に倒れてしまった。
下手投げの投手の球は、スピードはあまり速くないので打ちやすく思えるが、手元で伸びたり、微妙に変化して打ち損じる事も多い。
7回裏のマウンドは倉田投手が上がり、ヒットを一本打たれたものの、無失点に抑えた。
8回表、4番の岡村選手からの打順なので、1人ランナーが出れば僕に打席が回る。
と思っていたら、あえなく三者凡退。
ということは最終回は僕からの打順だ。
8回裏のマウンドには山北投手が上がり、危なげなく3人で抑えた。
そして6対6の同点のまま、最終回の攻防を迎えることになった。
熊本ファイアーズのマウンドは左腕の江里口投手。
速球とスプリットとスライダーのコンビネーションが持ち味の投手で、昨シーズン終盤から抑えに定着した投手だ。
左殺しの僕(自称)としては、決して苦手なタイプではない。
初球、内角に食い込んでくるスライダー。
僕は仰け反って避けた。
ボールワン。
2球目。
外角に落ちるスプリット。
見送ってボール。
3球目。
ど真ん中へのストレート。
強振したが、直前で微妙に変化し、空振りしてしまった。
今のはツーシームか?
スライダー、スプリットだけでなく、ツーシームもあるのか。
厄介な相手だ。
4球目。
外角へのストレート。
ストライクゾーンぎりぎりに見えたので、タイミングを図るためファールとした。
5球目。
真ん中低めへのスプリット。
以前なら間違いなく、この球に手を出して三振していたが、見極めた。
これでスリーボールツーストライクのフルカウント。
6球目。
またしてもスプリット。
辛うじてバットに当てた。
カウントは変わらず。
7球目。
外角低めへの速球。
これも何とかファールにした。
見逃せばストライクだった可能性がある。
8球目。
内角へ食い込むツーシーム。
これも辛うじてバットに当てた。
見送ればボールだったかもしれない。
9球目。
外角低めへのスプリット。
見送った。
というよりも手が出なかった。
素晴らしい球だ。
だが審判の手は上がらなかった。
フォアボール。
今のはストライクと判定されても仕方が無い球だった。
ツキがあるかもしれない。
一塁に向いながら、そう思った。
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