第225話 劣勢の中で
一塁ベース上で、ベンチのサインを見た。
グリーンライト。
盗塁できると判断したら、しても良いとのことだ。
自己責任で。
バッターは8番の高台捕手。
打撃は得意ではないが、点差が開いていることからここはバントはないだろう。
高台捕手は簡単にツーストライクに追い込まれ、3球目のスプリットを苦し紛れにバットに当てた。
バットは真っ二つに折れ、打球はフラフラとライト線に上がった。
僕は一塁と二塁の間、いわゆるハーフウェイで打球の行方を見守った。
すると、運良く一塁手とライトの間に落ち、しかもイレギュラーバウンドして、ファールゾーンに転がった。
僕はそれを見て、二塁を蹴って三塁に向かった。
ノーアウト一、三塁。
反撃の大チャンスだ。
だが今日は指名打者制ではないので、続くバッターはピッチャーの三沢投手だ。
もう少し回が進んでいたら、代打だろうが、まだ2回なのでそのまま打たせた。
三沢投手はほとんど打つ気がないように、ホームベースから離れて打席に立っていた。
そして簡単にツーストライクとなり、3球目。
ど真ん中へのストレートにバットをだした。
打球はフラフラとセカンドの頭上を越えて、センター前に落ちた。
三沢投手は普段バッターボックスに立たないとは言え、プロ野球選手の端くれである。
バット持って振ればこういう事もあるのだ。
僕は悠々とホームに帰った。
これで5対1。
しかもノーアウト一二塁のチャンスだ。
バッターは1番に帰って、伊勢原選手。
初球、送りバントをした。
あわよくば自分も生きようとするバントは、うまく三塁側に転がった。
サードの伊集院選手は、素手で掴むやいなや一塁に投げ、際どいタイミングではあったがアウト。
ワンアウト二、三塁のチャンスで二番の山形選手を迎えた。
山形選手はフルカウントまで粘った上、フォアボールを選び、ワンアウト満塁となった。
もしホームランが出れば一気に同点の場面であり、ここで迎えるは岸選手。
ワンボール、ワンストライクからの3球目の低めのストレートをすくい上げた打球は良い角度でセンターに上がった。
僕ら、泉州ブラックスベンチの選手は身を乗り出して、打球の行方を見た。
だがやや打球は詰まったのか、フェンス手前で失速し、センターの国分選手が背走の上、掴んだ。
もっとも犠牲フライには充分な飛距離なので、三塁ランナーは悠々とホームインした。
これで5対2となり、3点差。
引き続きツーアウト一二塁のチャンスであったが、4番の岡村選手が三振し、この回は終了した。
3回裏は三沢投手が1点を失ない、引き続きワンアウト満塁のピンチを背負ったが、僕はショートへの強い当たりのゴロを落ち着いて処理し、ダブルプレーで何とかピンチを切り抜けた。
3回を終えて6対2。
うーん、厳しい展開だ。
4回表の攻撃、ツーアウトから僕の打順を迎えた。
フルカウントから低めへのスプリットを捉えたが、打球はサードの伊集院選手の正面であった。
あーあ、ヒット一本損した。
僕は天を仰ぎ、ベンチに戻った。
4回裏からは、多彩な変化球を操る軟投派の松田投手が登板した。
以前は先発を務めたこともあったが、なかなか投球内容が安定せず、最近は点差のついた試合での登板が増えている。
ヒットを2本打たれたものの、何とか無失点で切り抜けた。
5回表は伊勢原選手のホームランで1点を返し、6対3。
その裏は続投した松田投手がツーアウト満塁のピンチを背負うが、センターの岸選手のファインプレーがあり、無得点で切り抜けた。
そして6回表、3番の岸選手からの好打順であり、ワンアウト満塁のチャンスで僕の3度目の打席を迎えた。
伊東投手は恐らくこの回を投げきって交代だろう。
となると死にものぐるいで抑えにくるだろう。
僕は打席に入る前に、釜谷バッティングコーチを見た。
釜谷バッティングコーチは、手でバットを握る真似をして、大きく振り抜くジェスチャーをした。
意味はよくわからないが、思い切って振れということか。
僕はバッターボックスに入る前に、ベンチのサインを確認した。
サインは「打て」、だった。
一呼吸置いて、熊本ファイアーズの守備体型を見た。
内野はダブルプレーシフト、外野は前進してきている。
内野ゴロを打たせようという腹づもりたろう。
ということは低めへのボールで勝負してくるか。
初球。
予想通り低めへのスプリット。
見送ってボール。
2球目。
内角低めへのストレート。
まだ150km/hを超えている。
凄い球だ。
この回で終わりということで、最後の力を振り絞っているのだろう。
判定はボール。
バッター有利のカウントになった。
3球目。
外角へのスプリット。
高さ的にはストレートゾーンに入っているが、やや外角に外れてボール。
これでスリーボール、ノーストライクだ。
僕はベンチを見た。
サインは当然、「待て」だろう。
ここはフォアボールでも一点入る。
しかしサインは「打て」。
そうだった。
ここはイケイケの泉州ブラックスだった。
僕はバットを握りしめ、構えた。
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