第222話 移動日とお土産について

 滝田投手は5番のデュラン選手を打ち取り、7回5失点でマウンドを降りた。

 7回を最後まで投げきったところは、エースとしての矜持を見せたと言えるだろう。


 7回裏、ホールドのシチュエーションでは無いが、泉州ブラックスのマウンドには倉田投手が上がった。

 フォアボールを一つ与えたものの無失点に抑えた。


 8回表の泉州ブラックスの攻撃は三者凡退に終わり、その裏のマウンドはセットアッパーの山北投手。

 岡谷選手にソロホームランを浴び、点差は5対2になった。


 9回表の攻撃は9番の山形選手から。

 フォアボールで出塁し、僕の5回目の打順となった。

 ベンチのサインを見たら、送りバント。

 前の打席と違い、初球を難なく決めた。

 これで今日は三割を維持したまま試合を終えることができる。


 この回は後続が凡退し、5対2のまま、9回裏を迎えた。

 マウンドは抑えの切り札、平塚投手。

 山北投手のおかげ?で、セーブシチュエーションでの登板となった。


 ところが平塚投手も二宮投手ほどではないが、時々劇場型となる。

 ヒットとフォアボールでツーアウト満塁のピンチを背負い、ホームランが出れば、逆転サヨナラのピンチを迎えた。


 ここで東京チャリオッツは代打の切り札、佐武選手を打席に送った。

 往年の強打者で、ここ数年は代打の切り札としての起用が多い。

 鋭い目つきを見ていると、本当に逆転サヨナラホームランを打ちそうな雰囲気がある。


 そして初球、内角低めへのストレートを捉えた打球は良い角度でレフトに上がった。

 嘘、まさか。


 レフトの山形選手が懸命にバックしている。

 そしてフェンスに張り付き、ジャンプした。

 どうだ。

 取ったか?、フェンスに当たったか?

 スタンドに入ってはいないと思うが。


 山形選手はグラブを高々と上に上げた。

「アウト、ゲームセット」

 平塚投手はガッツポーズしてマウンドを降りた。

 5対2と点差の上では快勝に見えるが、その実は薄氷の勝利だった。


 これで東京チャリオッツ相手に2勝1敗と勝ち越した。

 東京チャリオッツは今は最下位であるが、選手層が厚いのでこのままということは無いだろう。

 いずれ上がってくるはずだ。

 そう考えると、ここで勝ち越したことは大きい。

 僕は勝利の心地よい余韻を感じながら、チームバスでホテルに帰った。

 移動日を挟んで、明後日からはホームに戻っての首位、中京パールスとの2連戦だ。

 そしてその後はいよいよ交流戦が始まる。

 僕は高台捕手からの悪魔の誘いを何とか振り切り、明日の移動に備えて早く就寝した。


 翌朝、東京から大阪に移動した。

 基本的に移動はチーム一斉に行うが、今日は東京から大阪までなので、新幹線移動だ。

 あらかじめマネージャーからJRのチケットを受け取っているので、好きな時間の列車に変更しても良い。

 午後からはチームの前日練習があるが、基本的に自主参加であり、僕は疲労を考慮して今日は参加を免除された。

 この点でも一軍戦力として認められた気がして嬉しい。


 僕は東京遠征ではいつも、東京駅の地下街で、列車の中で食べる弁当と、結衣へのお土産を買う。

 弁当はいろんな種類があり、どれも美味しそうだが、いつも迷った末に結局シュウマイの弁当を買ってしまう。

 コンパクトに色々なおかずがまとめられており、またそのどれもが美味しいのだ。


 結衣へのお土産は基本的に事前にリクエストされたものを買う。

 テレビのバラエティー番組や雑誌で見て、美味しそうなものがあるとリクエストされるが、その裏には大体我が家のハムスターの希望が入っている。

 普通、ハムスターはひまわりのタネを律儀に飽きずに食べるものだが、我が家のハムスターはパンケーキを始めとしたスイーツが好物である。


「ただいま」

 夕方、自宅マンションに帰った。

「おかえり、アイスクリームの商品券は?」

 開口1番それか。

 玄関で迎えてくれたのは結衣ではなく、喧しいハムスター、もとい妹だった。

 

「あれ、結衣は?」

「結衣さんは今日は日勤。急に頼まれたんだって」

「そうか、それで何でお前が家にいるんだ?」

「だって昨日、猛打賞打ったでしょ。アイスクリームの券をもらいに来たの」

 野球には興味がないのに、そういうことだけは目ざとい。

 

「今日も泊まるのか?」

「もちろん。明日は暇だし」

「明日もだろう。ていうか、ちゃんと就職活動しているのか?」

 早いものでドラフト時は中学3年生だった妹も、大学4年生になっていた。

 学費は僕が出しているが、来年からはかからなくなる…はずだ。

「もし留年したら、自分で学費払えよ」

「大丈夫よ。こう見えても成績は良いんだから」

 本当だろうな。

 一度も成績表を見せてもらったことはないが。

 

「ただいま」

 そんな会話をしていると結衣が帰ってきた。



 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


 

 

 

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