第220話 役割を果たすということ

 追加点のチャンスが無得点に終わり、杉田投手は気落ちしたかと思いきや、この回を簡単に三者凡退に抑えた。

 これで相手に傾きかけた流れを止めることができる。

 これは大きい。


 4回表の泉州ブラックスの攻撃は8番の高台捕手からの打順であったが、3球で簡単にツーアウトとなった。

 そして早くも僕の第三打席がやってきた。

 ここでヒットを打てば、猛打賞だ。

 相手としてはここは三者凡退に抑え、リズムよく4回裏の攻撃に繋げたいところだろう。

 そして泉州ブラックスとしてはそうはさせたくない。

 

「粘ってこい」

 ネクストバッターズサークルからバッターボックスに向かおうとしたら、釜谷バッティングコーチから呼び止められ、このように声をかけられた。

 この打席のミッションは滝田投手に球数を投げさせる事だ。

 その結果、ヒットやフォアボールで塁に出られればそれに越したことないが、例え塁に出られなくてもボディブローのように効くはずだ。


 滝田投手は初球、2球目と内角低めにカットボールを投げ込んできた。

 ストライクゾーンギリギリに来たが、これはいずれも誘い球だ。

 もし打っても内野ゴロだ。

 2球で追い込まれた。


 だがここからが僕の真骨頂だ。

 3級目は真ん中低めへのスプリット。

 ストライクゾーンギリギリと判断し、ファールで逃げた。


 4球目。

 内角低めへのストレート。

 これもファール。


 5球目。

 真ん中高目へのボール球。

 誘い球だが見逃してボール。

 これでワンボール、ツーストライク。


 6球目。

 外角低めへのスプリット。

 これもファール。

 見送ればボール球だったかもしれないが、審判によってはストライクをとってもおかしくはない。


 7球目。

 内角へのカーブ。

 タイミングをずらされた。

 手がでなかったが、ボール。

 これは助かった。

 これでツーボールツーストライクの並行カウント。

 しかしこの打席、粘るつもりで打席に入ったが、一球も甘い球は無い。


 8球目。

 真ん中低めへのスプリット。

 これもファールで逃げた。

 

「いい加減、前に飛ばせ」

 スタンドからやじが聞こえたが、僕は全く気にしない。


 9球目。

 内角へのカーブ。

 タイミングを外されたが、さっきも見ているし、ストライクゾーンに入りそうだったのでファールにした。


「もうそろそろ打っても良いでしょうか?」

 僕はベンチの釜谷バッティングコーチに目で合図した。

 釜谷バッティングコーチはそれに気づいたかどうかわからないが、下を向いた。

 まだ粘れということか?


 10球目。

 真ん中高目へのストレート。

 見逃した。

 少し間があつて「ストライク」とコールされた。

 うーん。

 僕はボール球と思ったが…。

 まあ仕方ない。

 それでも10球粘ったので、役割は果たせたと思う。


 4回裏。

 この回も杉田投手は三者凡退に抑えた。

 少し調子が出てきたか?

 僕のところへもショートゴロが飛んできたが、軽快にさばいた。


 5回表は泉選手からの打順であったが、滝田投手の前に三者凡退に終わった。

 このまま行くと、7回にまた打席が回る。


 5回裏の杉田投手はヒットとフォアボールでツーアウト一二塁のピンチを迎えたが、何とか抑え、勝ち投手の権利を手にした。


 6回表は富岡選手がヒットで出塁したが、無得点に終わった。


 2対0とリードしているので、泉州ブラックスは勝ちパターンの継投となる。

 今期も7回は倉田投手、8回はセットアッパーの山北投手、9回は抑えの平塚投手が盤石のため、6回をどう乗り切るかがポイントだ。


 6回裏は綾瀬投手が登板した。

 カットボールとストレート、チェンジアップが持ち球だ。

 しかしこの回先頭の強打者、角選手に初球をいきなりホームランを打たれてしまった。

 これで2対1。

 うーん、積極的に振ってくるバッターなので、初級は慎重に投げるべきだった。

 綾瀬投手もそう思っているだろうが…。


 この回は更にクリーンアップトリオに打順が回ったが、綾瀬投手は何とか後続を抑え、1点リードを保ったまま、回はラッキーセブンの7回を迎えた。


 7回表、先頭バッターは9番の山形選手である。

 マウンドは引き続き、滝田投手。

 この回まで投げきって、交代の腹積もりだろう。


 山形選手は自分のすべきことをしっかりと心得ている。

 9球粘った末、ライト前ヒットで出塁した。

 さすがだ。

「待てよ…」

 僕はバッターボックスに向かいながら、ふと思った。

 ということは僕はバントか。

 ベンチのサインを見ると、予想通り送りバント。

 そりゃそうか。1点差だし。


 

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