第219話 ノーアウト満塁の大ピンチ
不振脱却の一番の薬は、それがどんなにボテボテの当たりだろうとも、ヒットの青ランプである。
2打数2安打。
うーん、心地よい響き。
あと一本ヒットを打てば猛打賞だ。
確か商品として、結衣の好きなアイスクリームチェーンの商品券があった気がする。
何とかもう一本ヒットを打ちたいものだ。
(前回もらった時は、妹が目ざとく見つけて持って帰ってしまった)
さて試合は2回裏。
杉田投手はフォアボール3つでいきなりノーアウト満塁のピンチを背負った。
このランナーを全員返したら、逆転されてしまう。
守備体形はダブルプレーシフト。
1点は仕方がないという判断だ。
バッターは8番の古馬捕手。
それほど打撃は得意ではないが、時々長打を放つ選手であり、甘い球は禁物である。
ところが警戒しすぎたか、いきなりスリーボールにしてしまった。
コースを狙って投げているが、いずれもわずかにストライクゾーンを外れてしまった。
古馬捕手もダブルプレーを恐れて難しい球には手を出さない。
大ピンチである。
僕はマウンドに行き、声をかけた。
「押し出しよりは打たれた方がマシだ。思い切って打たれろ」
杉田投手は僕を見て、ニャリと笑った。
目は「ショートに打球が行ったら頼むぞ」と言っているように感じた。
大丈夫だ。
まだ笑う余裕がある。
4球目。
杉田投手は腕を振り、真ん中低めへストレートを投げ込んだ。
古馬捕手は見送り、ストライクワン。
ここは一球見たのだろう。
5球目。
外角低めへのストレート。
これも見送り、ストライク。
古馬捕手は一塁に歩きかけたところを見ると、ボールに見えたのだろう。
よし勝った。
僕は確信した。
6球目は真ん中高目へのストレートで、見送ればボールかもしれないが、古馬捕手のバットは空を切った。
これでワンアウト。
まだ絶体絶命のピンチは続くが、一つめの関門を突破した。
だが9番はもっと厄介なバッターが控えている。
岡谷選手だ。
足が速く長打力もある。
内野に転がされたら、ダブルプレーを取るのは至難の業である。
そしてツーボールワンストライクからの4球目。
岡谷選手はボールを捉えた。
鋭いライナー性の打球が三遊間に飛んできた。
回り込んでは間に合わない。
僕は咄嗟に判断し、横っ飛びした。
打球はワンバウンドし、うまくグラブに入った。
起き上がり、セカンドに送球した。
そしてセカンドの泉選手はすぐに一塁に送球した。
見事ダブルプレー。
ボテボテの当たりなら、一塁でアウトにするのは難しかっただろう。
打球が強かったのが幸いした。
「サンキュー」
ベンチ前で杉田投手が出迎えてくれた。
ノーアウト満塁は意外と点が入らないと言われている。
最初のワンアウトの時にどんな形であれ、点を入れておくと、続く打者が楽に打席に入れるが、そうでないとプレッシャーがかかる。
この回は古馬捕手から三振を取れたのが大きかったと思う。
そして野球には流れがあり、ピンチのあとにはチャンスが来ると言われている。
3回表、3番の岸選手がフォアボールで出塁し、続く岡村選手のツーベースでノーアウト二、三塁のチャンスとなった。
ここで迎えるのは5番のデュラン選手。
三塁の岸選手は俊足なので、内野ゴロ、外野フライでも点が入る可能性が高い。
東京チャリオッツの内野陣がマウンドに集まっている。
デュラン選手を敬遠して満塁策を取るか、そのまま勝負か相談しているのだろう。
やがて輪がほどけて古馬捕手が座った。
敬遠では無いようだ。
初球。
外角低めへのストレート。
これは難しい球であり、打っても内野ゴロだろう。
デュラン選手は見送った。
ストライクワン。
2球目。
今度は内角低めへのストレート。
これも打っても内野ゴロだ。
見送ってストライク。
追い込まれた。
デュラン選手は一度、バッターボックスを外し、軽く素振りをした。
そして3球目。
滝田投手が選択したのは何とスローカーブ。
デュラン選手は見送った、というよりも手が出なかった。
審判のストライクのコールが響き渡った。
見逃しの三振。
これは投げた方が凄い。
6番の水谷選手は打率、ホームランの割に打点が多い。
得点圏打率は毎年、打率を上回っている。
つまりチャンスに強い打者だ。
だがこの場面、水谷選手はフルカウントからのスプリットにバットを振らされ三振。
そして7番の富岡選手も三振に倒れ、この回大チャンスを逃してしまった。
さすがエースの滝田投手だ。
簡単には追加点を許さない。
試合は2対0のまま、3回裏を迎えた。
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