第213話 「隆」の字は渡さない
5回裏、7番の額賀選手からの打順だ。
フルカウントからフォアボールで出塁した。
ノーアウトでランナーが出た。
そして8番の高台捕手は送りバントを決め、ベンチに戻る前にネクストバッターズサークルの僕にこう囁いた。
「お膳立てしてやったぜ。
あとは任せた。凡退したら奢れよ」
逆に打ったら奢ってくれるということか。
これでワンアウト二塁。
僕は気合を入れて、バッターボックスに向かった。
マウンドは引き続き車沢投手。
さっきの打席はスプリットを打っているので、この打席は不用意には投げてこないだろう。
ただでさえ車沢投手は球種が豊富だ。
初球。
いきなり真ん中低めへのスプリット。
見逃した。
ボールワン。
2球目。外角へ逃げていくスライダー。
バットがでかかったが、止めた。
3球目。
内角低目へのストレート。
うまく腕を畳んで、打ち返した。
サードの頭を越えて、レフト前に落ちた。
ワンアウトという事もあり、二塁ランナーは三塁ストップ。
2打席連続ヒットだ。
あれ?、これで63打数19安打。打率3割を越えた。
ベンチで高橋隆久投手が喜んでいるのが見えた。
恐らくこの回で降板だろう。
5回2失点。
味方の好守(拙守もあったが…)に助けられた面もあるが、及第点だと思う。
次は伊勢原選手。
初球の真ん中低目へのストレート思い切ってすくい上げた。
浅いセンターフライだが、三塁ランナーは俊足の額賀選手。
タッチアップし、悠々とホームインした。
これで3対2の勝ち越し。
送球が二塁に来たので、僕は進めなかった。
次打者は2番の山形選手。
先程は素晴らしいプレーでチームを救った。
バッターボックスに立つと、派手さは無いが、まさにいぶし銀のような選手で簡単にはアウトにならない。
そして山形選手の時は、僕としても走りやすい。
盗塁をサポートしてくれるからだ。
初球、2球目と外角低目へのスプリット。
いずれもストライク。
いきなり追い込まれた。
だがここからが山形選手である。
3球目は外角高目へのストレート。
ファールで逃げた。
4球目。
またしても外角低めはのスプリット。
僕はスタートを切ったが、ファール。
5球目。
内角高めへのストレート。
またしても僕はスタートを切り、送球が来たがセーフ。
タイミングは微妙だったが、ショートの新井選手がボールをこぼしていた。
なお投球はボール。
ツーアウト二塁、カウントはワンボール、ツーストライク。
そして6球目。
この試合ほとんど投げていなかったシンカーだ。
山形選手はまさかこの球を待っていたわけでもないだろうが、ライトに打ち返した。
打球はライトの小田島選手の前に落ちた。
小田島選手は強肩だが、ツーアウトなので僕はスタートを切っており、悠々セーフ。
これてを4対2。
大きな追加点となった。
3番の岸選手は気落ちした車沢投手から2ランホームランを放ち、突き放した。
ベンチはお祭り騒ぎであり、高橋隆久投手はとても嬉しそうである。
それはそうだ。このまま行けばプロ初勝利だ。
試合は結局、6対4で泉州ブラックスが勝利した。
高橋隆久投手は嬉しいプロ初勝利。
僕はその後の2打席は凡退し、4打数2安打。
打率も3割を切ってしまった。(.292)
それにしても4打席目のライトフライは惜しかった。
ライトが俊足の名手、小田島選手で無ければ確実に抜けており、3塁打だったかもしれない。
ヒーローインタビューは、高橋投手と岸選手だった。
僕はロッカールームに引き上げて、着替えながらそれを見ていた。
「プロ初勝利、おめでとうございます。今後の目標を教えて下さい」
「はい、チームに高橋姓が3人もおり、しかもお一人は隆まで被っておりますので、登録名を高橋隆とできるように頑張りたいです」
それは僕に対する宣戦布告ということかな。
「隆」の字は渡さないぜ。
ちなみに僕と高橋投手の他に、二軍に高橋裕介という外野手もいる。
僕がプロに入ってから、必ずチーム内に高橋姓がいるので、いつも登録名は高橋隆のままである。
蛇足だが、この後焼肉屋で、岡村選手、岸選手、山形選手、高台捕手など十数名で高橋隆久投手の初勝利のお祝いをした。
支払いは岡村選手と岸選手がしてくれた。
ご馳走様でした、と付け加えておく。
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