第212話 5回表の攻防

 ランナー一二塁の場面で送りバントするのは難易度が高い。

 もし単純にピッチャー前かキャッチャー前に転がしたら、三塁で封殺されるリスクが高いからだ。

 

 その難しい場面でトップバッターの伊勢原選手は見事、2球目をバントし、成功させた。

 これでワンアウト二塁三塁。

 同点、そして逆転の絶好のチャンスだ。


 バッターボックスには今日は2番に入っている山形選手。

 長打力はあまりないが、俊足で粘っこい選手である。

 難しい球には手を出さず、追い込まれたらファールで逃げて、自分の打てる球を待つ。

 そして9球目を三遊間の深いところへ打ち返した。

 ショートの新井選手が追いついたが、ホームは間に合わないと判断し、一塁に送球した。一塁はアウト。

 これで同点に追いつき、二塁ランナーの僕も三塁に進んだ。

 相手投手はこの場面は三振を狙ってくるので、内野ゴロをしっかり打つのも技術がいるのだ。


 ツーアウト三塁で3番の岸選手を迎えた。

 初球を打ち返したが、センターフライに倒れ、この回は同点どまり。


 4回表、引き続き高橋隆久投手がマウンドに上がり、この試合初めて三者凡退に抑えた。

 ようやくエンジンがかかってきたか。


 4回裏は4番の岡村選手からの打席だったが、三者凡退に倒れた。

 次の回は7番からなので、僕に打順が回ってくる。

 その前に5回表の守備がある。

 この回を抑えてその回の裏に点を取れば、高橋隆久投手にプロ初勝利の権利が生じる。

 5回表、高橋隆久投手は簡単にツーアウトをとったが、フォアボールで二人のランナーを出し、一二塁のピンチを背負ってしまった。


 バッターは高橋孝司選手。

 高橋対決だな、とか呑気に考えていたら、強いゴロがショートに飛んできた。

 バウンドを合わせて取ろうとしたら、何とイレギュラーバウンドしてしまった。

 慌ててグラブを出したが、当てるのが精一杯で捕球ができなかった。

 前に落とした球を拾い上げ、一塁に送球したが間に合わず、セーフとなってしまった。

 記録は僕のエラー。

 面目ない…。


 また内野陣がマウンドに集まった。

 こういう時はバツが悪い。

 僕はうつむき加減で黙っていた。

 「こうなったら悔いの無いようにお前の自信のある球を投げろ。

 なーに、ここまで2点で済んでいるのが奇跡なんだ。なあ隆介の方の高橋」と高台捕手が言った。

 僕は何と答えれば良いのでしょうか。

「そうだそうだ。名手の高橋がエラーするくらいだ。

 飼い犬に手を噛まれた、と思って諦めろ」と岡村選手。

 意味が良くわからないんですけど…。

「まあそういうことだ。

 後はお前の責任でガンバレ」


 野球中継で良くマウンドに内野手が集まって何か話している場面があると思うが、内容は得てしてこんなものだったりする。

 特に経験が浅い、若いピッチャーに対してはあえてくだらないことを言って、リラックスさせる事もあるのだ。


「ごめんな」

 輪がほどけ、守備位置に戻る前に一言声をかけた。

「いえいえ、さっきは好守で助けてもらいましたので、今度は僕がお返しする番です」

 良い奴じゃないか。

 よし、次に打球が飛んできたら死にものぐるいで取ってやろう。

 そう思いながらショートの守備位置に戻った。


 バッターは7番の吉川選手。

 僕と入れ替わりで静岡オーシャンズに入団し、当初はセカンドだったが、今は外野も守っている。

 俊足でパンチ力もあるバッターだ。


 ワンボールツーストライクからの真ん中低めへのフォークを捉えた打球がセンターに上がった。

 岸選手が懸命に背走している。

 取ってくれ。

 岸選手はまだ向こうを向いている。

 まさか。

 そう思った瞬間。

 フェンス手前で岸選手は走りながらグラブを伸ばした。

 そして打球はその中に吸い込まれた。

 超ファインプレーだ。


 岸選手はそのままフェンスに激突したが、ボールは離さなかった。

 さすがだ。

 僕はショートの守備位置で戻ってくる岸選手を出迎えた。

「ナイスプレー。ありがとうございました」

「おう、今日勝ったら飯奢れよ」

 岸選手は僕の何倍も年俸をもらっている。

 僕はそれには答えず、「ありがとうございます」と再び言った。

 岸選手はニヤリと笑って、グラブで僕の肩をポンと叩いた。


 ベンチ前では高橋隆久投手が待っていた。

「ありがとうございました」

「何のこれしき。

 これから逆転してやるからな。なあ隆介」

「はい」

 僕は力強く答えた。

 よしこの回、僕に打席が回る。やってやるぜ。

 



 

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