第211話 高橋先輩

 「よしちょうどいいハンデだ」

 高台捕手はどこまでもポジティブ。

「大丈夫。2点や3点は想定内だ」

「そうだ。高橋先輩が取り返してくれるさ」

 そろそろ僕をいじるのやめませんか?

 ちょっと飽きました。


 次は3番の新外国人のウィルソンである。

 このまま勝負するか、満塁にして4番の清水選手と勝負するか。

「高橋、どっちがいい?」

「…」

「高橋、聞いているのか?」

 どうやら僕に聞いているようである。

 だから何で…。

 

「ここは勝負じゃないですか?

 ウィルソンは最近調子悪いようですし、左対左ですし」

 ウィルソンは開幕当初は打ちまくっていたが、各カード一巡する頃には弱点を執拗につかれるようになり、打率を落としていた。

 

「ということだ、投手の高橋。

 打たれても高橋先輩のせいだから、思い切り投げろ」

 だーかーら…。

「はい、わかりました」

 何をわかったんだ?


 輪がほどけ、僕らは守備位置に散った。

 場面はツーアウト二、三塁。ホームへの送球の間にランナーが進んだのだ。


 低めへ投げろよ。

 高台捕手が手でジェスチャーをしている。

 高橋投手は大きく頷いた。

 そして初球。

 高橋投手の投げたストレートは真ん中高めへいった。

 おい。


 ウィルソンは身長が190cm近くあり、高めは得意だ。

 見事に捉えた打球は良い角度でレフトに上がった。

 だからなぜそこに投げた…。


 レフトの山形選手が必死にバックしている。

 そしてそのままジャンプしながらフェンスにぶつかって、倒れた。

 大丈夫か。

 打球はどうなった?


 山形選手は座り込んだまま、グラブを上に上げた。

「アウト」

 審判が宣告した。

 球場内を大きな拍手が包んだ。


 静岡オーシャンズベンチはリクエストを要求したが、判定は変わらず。

 山形選手はしっかりとキャッチした後、フェンスにぶつかっており、しかもボールを落とさなかった。

 さすがチームきっての外野の名手。

 それでもゴールデングラブ賞を取ったことがないのは、謎である。


「ありがとうございました」

 ベンチに戻るなり、高橋投手は山形選手に帽子を取って御礼を言った。

「なーに、あれくらい朝飯前だ。な、隆?」

 だから何で僕に振るんですか。


「よし2点取り返すぞ」

「ウッス」

 岸選手が号令をかけ、僕らはそれに答えた。

 2回裏の攻撃は4番の岡村選手からだ。


 岡村選手はフルカウントからフォアボールを選び、出塁した。

 そしてデュランは…。

 初球を打って見事にダブルプレー…。

 おーい。

 続く宮前選手もあっさりとセカンドゴロに倒れ、この回の攻撃は終了した。


 次の回は打席が回る。

 追い上げるためにはこの回は0点に抑えたい。

 そう考えながらショートの守備についた。

 しかしさすがゴールデンウィーク。

 ほぼ満員のお客さんでスタンドは埋め尽くされている。

 ちらほら背番号58とか高橋隆介というボードを掲げてくれている方もいる。

 とても励みになる。


 この回はサクッと終わらせてリズムよく次の回の攻撃に繋げたいところだが、またしても高橋隆久投手はツーアウト満塁のピンチを背負った。

 君はあれかい、ピンチを背負わないと燃えないタイプかい?

 それでも彼は踏ん張り、低めへのカットボールでセカンドゴロに打ち取った。

 3イニング連続で満塁のピンチを背負うなんて滅多にないぞ。

 青息吐息で何とかこの回を抑え、マウンドを降りる高橋隆久投手を見ながらそう思った。


 3回裏の先頭バッターは7番の額賀選手だ。

 さすがはベテラン。

 ノーボールツーストライクから7球粘り、フォアボールを勝ち取った。


 8番は高台捕手。

 バッティングにはあまり期待ができないので、せめてランナーを進めてほしい。

 と思っていたら、右打ちの打球がうまく一二塁間を抜けた。

 珍しい事もあるもんだ。

 これでノーアウトランナーは、一三塁。


 1点差ならスクイズもあるかもしれないが、2点差のここはヒッティングだろう。

 ベンチのサインを見たが、「打て」だった。

 初球、低めへのスプリット。

 僕は悠々見逃した。

 判定はストライク。

 まあ今のは仕方が無い。

 打っても内野ゴロだ。


 2球目。

 外角へ逃げていくスライダー。

 これも見送ったが、判定はストライク。

 あらら。

 この場面は三振だけは避けなくてはならない。

 内野ゴロでも一点は入る。


 3球目。

 外角へ低目へのストレート。

 ストライクゾーンギリギリに見えたので、ファールで逃げた。


 4球目。

 またしても外角へのスライダー。

 見送って、ボール。


 ワンボールツーストライクからの5球目。

 僕はスプリットに的を絞った。

 そしてそのとおりスプリットが来た。

 うまくバットに載せてライトにへ飛ばした。

 ライト前に落ちるか?

 ライトの高橋孝司選手が懸命に突っ込んでくる。

 

 やだ。

 取らないで。

 そう願っていたら、打球は高橋孝司選手のわずか手前でワンバウンドした。

 良かった。

 タイムリーヒットだ。

 三塁ランナーは悠々生還し、ランナーはノーアウト一、二塁となった。


 ほら、見たか。

 高橋隆介先輩が一点返してやったぞ。

 そう思いながら、ベンチを見たが、高橋隆久投手はベンチ裏に引き上げているのか、いなかった。

 折角打ったのに…。


 これで2対1と一点差に詰め寄った。

 打順はトップに帰って、伊勢原選手だ。

 まだまだチャンスは続いている。

 

 

 


 

 


 


 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

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