第210話 二人の高橋
古巣である静岡オーシャンズ戦では、僕はスタメンで使ってもらえるケースが多い。
実力プラスアルファを期待されての起用だろう。
今日の試合の先発はベテラン右腕の車沢投手であるが、僕はスタメンに名を連ねた。
今日のスターティングラインナップは以下の通り。
1 伊勢原(セカンド)
2 山形(レフト)
3 岸(センター)
4 岡村(ファースト)
5 デュラン(指名打者)
6 宮前(ライト)
7 額賀(サード)
8 高台(キャッチャー)
9 高橋隆(ショート)
ピッチャー 高橋久
先発の高橋久投手は、高卒社会人1年目の左腕で、昨秋のドラフトで1位指名された、期待の若手である。
本名は高橋隆久と僕と「隆」まで被るので、登録名はこのようになっている。
中継ぎで経験を積み、今回先発のチャンスを掴んだのだ。
年齢的には僕よりも3学年下であり、可愛い後輩である。
何とかサポートしてあげたいものだ。
そう思っていたら、初回いきなりヒットとフォアボールでノーアウト満塁のピンチを迎えた。
おい、こら。
僕ら内野陣はマウンドに集まった。
「まだ点を取られたわけじゃないし、仮にホームランを打たれても初回だ。
後から点を取り返してやるから、思っきって投げろ」と岡村選手。
「そうだ。先輩の高橋がきっとホームランを打ってくれるさ。なあ隆?」と額賀選手。
僕は聞こえなかった振りをした。
「はい、高橋先輩よろしくお願いします」
「え?、あ、あー、ま、まかせとけ」
「何とも頼りない返事だな」と高台捕手。
そもそもノーアウト満塁にした責任は、キャッチャーにもあるんではないでしょうか?
初球。
ど真ん中へのカットボール。
これが相手の4番に投げる球か。
4番の清水選手は強振してきた。それはそうだろう。
もの凄い当たりがショートの頭上に来た。
こんなの取れねぇよ。
僕はそう思いながらも必死にジャンプした。
あれ?
ボールはグラブに収まっていた。
僕は直ぐ様二塁に投げた。
ランナーが飛び出しており、ダブルプレー。
さすがにトリプルプレーにはならなかったが、一気にツーアウト一、三塁になった。
自分で言うのも何だが、運が良かった。
ほんのわずかでもジャンプするタイミングがズレていたら、取れなかっただろう。
高橋隆久投手は、グラブを叩いて喜んでいる。
良かったね。
だがピンチはまだ続く。
打順は5番の戸松選手。
内角をさばくのがうまい右打ちのバッターだ。
そうミーティングでコーチが言ってたよね。
それなのになぜ初球、内角に投げる?
引っ張った強い打球が三遊間に飛んできた。
僕は必死に回り込み、一か八かグラブを横に出した。
またもやうまくグラブにボールが収まった。
一塁ランナーはスタートを切っており、二塁は間に合わない。
踏ん張って一塁に投げた。
間一髪アウト。
「ありがとうございました」
高橋隆久投手はマウンドを降りたところで待っており、僕とハイタッチした。
正直に言って、運が良かった。
あんなプレーは狙ってもできるものではない。
ツキがあるのだろう。
一回裏は車沢投手の前に三者凡退に終わった。
車沢投手はかってのエースであり、不調の年が何年か続いたが、昨年あたりから熟練の投球術を身につけ、ローテーション投手として返り咲いていた。
2回表。
またしてもフォアボール3つでツーアウト満塁のピンチを背負い、2番の黒沢選手を迎えた。
静岡オーシャンズはメジャーのように今シーズンは2番にチーム最強バッターの黒沢選手を置いている。
静岡オーシャンズにとっては、この場面でそれが生きた。
フォアボール3つとは言え、いずれも際どい球を投げているのだが、プロのバッターはボール球をしっかりと見極める。
またしても僕らはマウンドに集まった。
「さっきも言ったけど、打たれても高橋先輩が何とかしてくれるから、思い切って投げろ」
「そうだ。高橋先輩を信じろ」
だから何で全て僕に振るんですか?
「はい、高橋先輩。よろしくお願いします」
あのな。
だがラッキーはそんなに続かない。
ツーボールワンストライクからの低めのカットボールを黒沢選手はうまくすくい上げた。
そして打球はレフト前に落ちた。
ツーアウトなので打った瞬間、ランナーはスタートを切っており、二人のランナーが生還した。
うーん。
さすが黒沢選手だ。
僕らは再びマウンドに集まった。
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