第209話 GWと古巣との対戦
世間はゴールデンウィークである。
大型連休となる人も多いと思うが、プロ野球の興行にとっては書き入れ時である。
平日ナイターでは閑古鳥が何羽も鳴く、泉州ブラックスタジアムの4階席ですら、ほとんどの席が埋まる。
試合前後には様々なイベントも行われ、球場周辺がいつもにも増して華やかな雰囲気に包まれる。
開幕から一ヶ月経過し、泉州ブラックスは26試合を消化して、13勝12敗1引分。
首位の中京パールスと2.5ゲーム差の3位につけている。
僕はと言うと、そのうち23試合に出場し、61打数17安打の打率.279、ホームラン1本、打点7、盗塁8(盗塁死3)、四死球5の成績を残していた。
規定打席は81であり、僕の打席数は66なので、15打席足りない。
それでもチームの中では3位相当の打率であり、最近は右投手の先発でもスタメン出場の機会が増えている。
今日からは泉州ブラックスタジアムでの静岡オーシャンズ三連戦。
早いもので静岡オーシャンズから移籍して、4年目のシーズンとなった。
静岡オーシャンズの選手は僕がいた時から、三分の一くらい入れ替わっているが、それでも知り合いは多いため、対戦カードの初戦には必ず挨拶に行く。
静岡オーシャンズの監督は昨季途中で君津監督が成績不振の責任を取って休養し、市川ヘッドコーチが指揮を取っていたが、今季からは球団OBの誉田さんが監督に就任していた。
誉田さんは僕が入団時のセカンドのレギュラーであり、もちろん面識はある。
当時は僕は二軍にずっといたので、ほとんど接点は無かったが。
「よお高橋、いつの間にか良い選手になったな。
どうだ。帰ってこないか。」
誉田監督に挨拶すると、このように声をかけられた。
社交辞令としても悪い気はしない。
「そうだな。今、二遊間が手薄だから、戻ってこい」と隣にいた飯田内野守備走塁コーチ。
現役時代、守備の名手として鳴らし、昨シーズン限りで引退し、すぐに一軍のコーチとして抜擢されたのだ。
静岡オーシャンズのセカンドは黒沢選手、そしてショートは新井選手がここ数年、ガッチリとレギュラーに君臨している。
だがその弊害として、彼らに続く選手がなかなか育っていない。
「ありがとうございます。
機会があったら是非、お願いします」
「だけどなかなかトレードも難しいしな。
そうだ。今日からの試合、守備でタイムリーエラーして、打席では併殺打を打て。
それを繰り返せば、シーズンオフには戦力外になるから、うちで獲得してやるぞ」と誉田監督。
その手は桑名の焼きはまぐり。
僕は簡潔明瞭に答えた。
「嫌です」
「ハハハ。そりゃそうだな。
だが真面目な話、今のお前は泉州ブラックスも絶対手放さないだろう。
課題だったバッティングも向上しているし、守備も足も水準以上だ。
頑張ってレギュラー取れよ」
「はい、ありがとうございます」
僕は誉田監督と伊東内野守備走塁コーチの前を辞してから、黒沢選手や清水選手、戸松選手等に挨拶した。
「おい。誰か忘れてないか」
一通り挨拶を終え、ベンチに戻ろうとした時、声をかけられた。
「あ、いたんですか。
てっきり二軍にいらっしゃるものだとばっかり」
「悪かったな。今日昇格した」
その声の主は原谷さんだった。
今季も順当に開幕時点では二軍スタートだったが、二軍で結果を残し、昇格したようだ。
「お元気そうですね」
「ああ、お前もなかなかご活躍のようで」
「実力です」
「少しは謙遜しろ」
僕らは少し静岡オーシャンズ側のベンチに座って話した。
「谷口はどうしていますか?」
「相変わらず、一生懸命練習しているよ。
あいつを見ていると、プロの厳しさ、非情さを改めて感じるな」
谷口は昨シーズンは、若き大砲候補として期待され、開幕から4番打者として出場したが、思うような数字を残せず、チームの不振、そして君津監督の休養の遠因となった。
そして二軍に降格後は、いくら打っても一軍には昇格できず、それは今季も続いていた。
谷口は今シーズン、二軍でホームランを4本打っているが、打率は1割台と苦しんでいる。
谷口は外野手であり、守備は決して下手では無いのだが、特に強肩、俊足ということもなく、バッティングが売りの選手なので、なかなか一軍では使いづらいのだろう。
その点原谷さんはキャッチャーであり、肩が強く、キャッチング技術もあるので、多少打てなくても一軍の戦力となる。
谷口は7年目となり、もはや期待の若手枠からも外れつつある。
そうなると二軍でも出場機会が限られてくる。
僕は谷口くらいストイックに野球に取り組む人間を知らない。
そしてチームとしてもドラフト2位で獲得し、大きな期待をかけていたはずだ。
それでもこのように厳しい立場に立たされている。
改めてプロは厳しい世界だと思う。
まあ僕も人の心配をしている立場でもないが。
ベンチに戻りながら、そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます