第208話 7年目の矜持
4試合を終えて、僕の成績は12打数3安打、打率.250。
(昨日の試合の第4打席は四球だった)
今日の試合は、相手先発が右腕の山下投手とあって、僕はベンチスタートだ。
右投手の時もスタメンで出られるようにならないと規定打席には到達しない。
別に苦手意識は無いのだが…。
スタメンが発表され、今日も葛西は1番セカンドで出場だ。
昨日の失敗から切り替えられているか。
バッティング練習をしている様子を見ると、いつもと変わらないように見える。
初回。
葛西は泉州ブラックスの綾瀬投手の初球を捉えたが、今日スタメンの伊勢原選手の好捕の前に凡退した。
そして試合は進み、3回表の葛西の第二打席。
センターへ大きな飛球を放ったが、岸選手が背走し、ランニングキャッチした。
これがプロである。
恐らくアマチュアなら2打席ともヒットになっていただろう。
プロ野球選手は基本的に守備が上手いか、とても上手いかの二通りしかいないのだ。
稀に守備が苦手な選手もいるが、長打力が突出している等の余程のアドバンテージがない限り、試合に出ることは難しい。
一つのミスが失点につながるのも、プロの厳しさである。
それまで付け入る隙を与えないピッチングをしていた投手が、一つのエラーから崩れていった場面を僕は何度も見ている。
かといって消極的な守備もまたよろしくない。
例えば強い当たりを待って取って、結果的に内野安打となった場合、首脳陣の評価はエラーと何ら変わらない。
僕はそういう世界で6年間生き抜いてきたのだ。
試合は1対1の接戦のまま、8回裏を迎えた。
ツーアウトでデュラン選手がフォアボールで出塁し、僕が代走として告げられた。
これで開幕から5試合連続で出場だ。
ベンチのサインはグリーンライト。
ここで僕が代走で出たということはもちろん盗塁を期待されている。
新潟コンドルズのマウンドには中継ぎエースの畠山投手。
クィックも上手く、大きなリードはしづらい。
しかし牽制球を恐れていては、盗塁なんてできない。
僕は初球を投げる前に、4球も牽制球を投げられたが、決してリード幅を小さくはしない。
初球ストレート。
ここでは緩い球は投げてこない。
なぜならば僕が盗塁をする可能性があるからだ。
バッターの宮前選手は見送った。
ボールワン。
2球目を投げる前に、またしても3球連続で牽制球が来た。
それでも僕は同じ幅リードを取った。
そして投球と同時にスタートを切った。
良いスタートを切れた。
キャッチャーのベテランで強肩の和倉捕手からストライクの送球がなされたが、セーフ。
警戒された場面で盗塁を決めてこそ、僕の存在価値がある。
そして宮前選手のライト前ヒットで僕はホームインした。
どうだ。
ベンチに戻りながら、葛西の方を見た。
相変わらず澄ました顔をしている。
この試合、葛西は4打数ノーヒット。
いずれもヒット性の当たりをしたが、好守に阻まれている。
これは決して偶然ではない。
以前も述べたが、プロでは相手打者によって、時には一球一球守備位置を変えている。
カウントや投げるピッチャーによっても守備位置は変わる。
例えばボールが先行している場面では、強い打球に備えるし、逆に追い込んでいる場合、特に落ちる球を持つ投手がマウンドにいる場合は、ゴロに備える。
いい当たりが野手の正面に飛ぶのは、プロの世界ではいわば必然なのである。
葛西はまだデータが揃う前はヒットを重ねる事ができたが、データがある程度揃ったこれからが彼がプロで生きていくための試練なのだ。
この試合、結局宮前選手のタイムリーヒットによる得点が決勝点になり、2対1で勝利した。
葛西、また勝負しような。
試合に敗れて引き上げていく葛西の背中を見ながら、僕は心の中で語りかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます