第202話 切り替えていこう

 翌日も試合前にスタメン出場を告げられた。

 右打者は左投手に対して有利であると言われるが、僕もご多分に漏れず、対左投手の方が打率が高い。

 右投手の球は外角に逃げていく感じがあるが、左投手の球は例え外角へのボールでも真ん中へ入ってくるような感覚がある。

 今日の先発の十河投手は左腕であり、それが今日もスタメンの要因だろう。


 今日のオーダーは以下のとおりである。


 1 高橋隆(ショート)

 2 額賀(セカンド)

 3 岸(センター)

 4 岡村(ファースト)

 5 デュラン(指名打者)

 6 宮前(ライト)

 7 伊勢原(サード)

 8 高台(キャッチャー)

 9 山形(レフト)

 ピッチャー ジョーンズ


 昨日はホームランを打った以外は凡退してしまったので、今日は一番打者らしく出塁したい。


 今日の始球式は有名なお笑い芸人のピンキーズ。

 始球式で投げるツッコミ担当の方は、高校時代に控え投手として甲子園出場の経験があるそうだ。

 試合でも代打で一打席立ったらしい。

 

「相手は笑いを取ってナンボだ。

 隆、お前がすべきことは、わかっているよな」と岡村選手に声をかけられた。

「もちろんです」

 僕は拳を握り、親指を立てて見せた。


 始球式。

 山なりの球がストライクゾーンに来たので、思いっきりスタンドに向けて打ち返した…というシーンをイメージしていた。


 ところが予想に反して、130km/hを超えるストレートがビシッと来た。

 えー、こんないい球投げるななんて。聞いてないよー。

 タイミングが全く合わず、空振りして尻もちをついてしまった。

 ピンキーズの二人は大げさに喜んでいる。

 球場内は大きな笑いに包まれた。

「お前が笑いをとってどうするんだ」

 ネクストバッターズサークルの額賀選手に突っ込まれた。


 だって…。岡村さんが…。

 あーあ、ピンキーズの番組でこのシーンが全国に流されるんだろうな…。

 まあいいさ。

 切り替えていこう。


 プレイボールがかかり、初球チェンジアップ。

 思いっきり振りにいったが、空振りし、バランスを崩してしまった。

 いかんいかん。

 そういうキャラが定着してしまう。


 僕は一度バッターボックスを外した。

 ちょっと冷静になろう。

 次はどんな球が来るか。

 もう一球緩い球がくるか。

 それとも速い球か。

 僕は決めた。

 あれこれ考えずに来た球にしっかり対応しよう。

 

 2球目。

 低めへのストレート。

 ピッチャー方向に打ち返した。

 打球はピッチャーの足元を抜けたが、カバーに入ったショートがうまく回り込んだ。

 必死に一塁ベースを駆け抜けた。

 判定はどうだ?

 

「セーフ」

 やった。

 自然とガッツポーズが出た。

 今シーズン2安打目。

 5打数2安打の打率.400だ。


 2番バッターは額賀選手。

 バントの構えをしている。

 だがベンチのサインは「待て」。


 初球。

 外角低めへのカットボール。

 バットを引いて判定はボール。


 2球目。

 やはりバントの構えをしているが、サインはヒットエンドラン。

 三塁手が少し前に来ており、二遊間が大きく空いている。

 投球と同時に僕はスタートを切った。

 

 投球は緩いカーブだ。

 バントはしにくい球だが、ヒッティングはし易い。

 額賀選手はバントの構えから、素早くヒッティングの構えに変え、三遊間にうまく弾き返した。

 

 打球は三遊間を抜け、僕はスタートを切っていたので、二塁を蹴って一目散に三塁に向かった。

 打球があまり速くなかったのが、幸いし、悠々三塁に到達した。

 ノーアウト一、三塁の大チャンスだ。

 額賀選手は一塁上で小さくガッツポーズしている。


 3番は岸選手。

 ランナーもバッターも足が速いので、転がせはダブルプレーの可能性は低い。

 バッテリーとしてはここは内野フライか三振を奪いたいところだろう。

 岸選手は積極的なバッティングが持ち味である。

 

 十河投手はストライクゾーンスレスレにカーブ、カットボールを投げ込んできたが、岸選手はいずれも見送った。

 これでボールツー。

 そして三球目も真ん中低めへのチェンジアップ。

 岸選手はこれも見送った。

 もっとも今のボールは見送ったというよりも手が出なかったのかもしれない。

 これでボールスリー。

 満塁策を取って、4番の岡村選手と勝負か、ここからでも岸選手と勝負するか。

 難しい場面になった。

 


 

 

 

 

 

 


 


 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る