第182話 アリガトウ、サヨナラ

 今日のヒーローインタビューはもちろんトーマスだ。

 トーマスは日本球界5年目であり、日本語も日常生活レベルは話せるようになっている。

 

 トーマスは大リーグでもレギュラーを張ったことがあるくらいの実績がある選手である。(第9話)

 それなのに日本にそしてチームに溶け込もうと努力してきた。

 それが日本でも成功を収めることができた一因だろう。


「放送席、放送席。

 今日のヒーローインタビューは、見事な逆転ホームランを放ったトーマス・ローリー選手です。

 トーマス選手、おめでとうございます」

「アリガトウゴザイマス」

 傍らに通訳を伴っているが、意味がわかったようだ。

 

 僕らはほとんど残って、トーマスのヒーローインタビューをベンチに座って見ていた。

 なぜならばトーマスが是非、ヒーローインタビューを聞いてほしいと言ったからだ。

 

「あの場面、どういうことを考えて打席に立ちましたか?」

 通訳の言葉を聞いてから、トーマスは日本語で答えた。

「ゼツタイ、ホームラン、ウチタイ、オモッテマシタ」

 

「期待通りの素晴らしいホームランでしたね。

 リプレー検証になった時は何を考えていましたか?」

 また通訳の言葉を聞いてから、トーマスは答えた。

「ホームラン、イノッテマシタ」

 

「祈りが通じて、審判が腕を回した瞬間、どう思いましたか?」

 通訳の言葉を確認し、トーマスは答えた。

「コレガボクノヤキュウジンセイ、ラストホームラン、オモイマシタ」

 アナウンサーが戸惑いの表情を浮かべた。

 

「それはどういうことでしょうか?

 まだ、試合は残っていますが?」

 通訳の言葉を聞き、少し長く何か話した。

 途中、アサヒナとかタカハシという単語が聞こえた。

 そして通訳がそれを訳して、マイクに向かって話した。

 

「えーと、今日は古巣の静岡オーシャンズ戦であり、懐かしい静岡オーシャンスタジアムの試合です。

 試合前に朝比奈監督とこの試合を最後にすると話していました。

 チームが優勝争いをしている中、僕のような今シーズン限りで引退を決めた選手が、試合に出るべきではないと思っていました。

 しかしながら、朝比奈監督が出場の機会をくれました。

 朝比奈監督、最高の花道を用意してくれて本当にありがとうございます。

 また静岡オーシャンズ、泉州ブラックスの皆さん、5年間仲間として迎えてくれ、本当に良くして頂きました。

 本当にありがとうございました。

 特に高橋隆介選手。

 本当にありがとう。

 君がいたから楽しい日本生活になりました。

 最後に最高の場面でホームランを打てて、僕は世界一の幸せ者です」

 

「そ、そうですか。

 今日のホームランを見ると、引退は惜しいと思いますが…」

 通訳はトーマスに英語で耳打ちし、また、トーマスの言葉を聞き、こう話した。

「ありがとうございます。

 でも今シーズン、力が落ちてきたことを感じていました。

 自分が思っているように、体がついてこなくなっており、このままではチームに迷惑がかかると感じていました。

 だから今シーズン限りでの引退を決めていました」

 

「そうですか。お疲れ様でした。

 現役最後に素晴らしいホームランを打った、トーマス・ローリー選手に今一度大きな拍手をお願いします」

 球場内に残っていたファンから大きな拍手が起きた。


 そしてトーマスはもう一度マイクを取った。

「ファンノミナサン、ホントウニアリガトウ。

 ソシテサヨナラ」

 また大きな拍手が起きた。


 そしてトーマスがベンチに戻ろうとした時、僕ら泉州ブラックスの選手がベンチを飛び出した。

 そして驚いているトーマスを胴上げした。


 すると更に驚いたことにロッカールームに引き上げていた、静岡オーシャンズの選手たちもベンチから飛び出して来て、胴上げに加わった。

(既に私服に着替えている選手もいた)

 5回、6回、トーマスの体が宙に舞った。

 

「アリガトウ、アリガトウ」

 地面に足をつけたトーマスは既に涙目だった。

 こんな幸せな引退をできる選手はめったにいないだろう。

 それもトーマスが異国の地で、チームに溶け込もうと必死に努力した結果なのだ。

 

 トーマスは涙を流しながら、最後に球場を一周した。

 静岡オーシャンズファンはほとんどが帰り、空席が目立っていたが、残っているファンからは盛大な拍手を受けていた。


 僕はベンチでそれを見ながら、自分も引退時にこれくらい惜しまれる選手になりたいと思った。

 


 

 

 


 


 

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