第181話 9回の攻防
僕は7球粘り、フルカウントからの8球目。
内角に甘く入ってきたカットボールを捉えた。
打球はレフト前にポトリと落ちた。
この打球では三塁ランナーはホームインはてをきない。
だが約束通り塁に出た。
後はトーマス、頼んだ。
これでノーアウト満塁。
静岡オーシャンズとしては3点リードしているとは言え、ランナーを全部返せば同点である。
この場面で浜田投手を諦め、松村投手をマウンドに送った。
松村投手は社会人卒の新人であり、昨秋のドラフトで2位指名を受けた右腕である。
新人でありながら、今季は既に30試合に登板している。
トーマスは打席に入る前に球場全体を見渡し、そして随分とゆっくりと打席に入った。
初球、内角に食い込むツーシーム。
見逃したが、判定はストライク。
2級目。
シンカー。
これも手が出なかったようだ。
判定はストライク。
簡単に追い込まれた。
3球目。
外角低めへのストレート。
ストライクゾーンぎりぎりに見えたのか、カットした。
ファール。
4球目。
内角高めへのストレート。
手が出なかったが、判定はボール。
これはトーマスとしては助かっただろう。
これでワンボール、ツーストライク。
トーマスは一度打席を外した。
5球目。
外角低めへのストレート。
これは外れていると判断したのか見送った。
判定はボール。
カウントはツーボール、ツーストライク。
6球目。
内角へのシンカー。
見送ってボール。
これでフルカウントだ。
7球目。
外角低めへのストレート。
これも何とかカットした。
8球目。
内角高めへのストレート。
トーマスは腕を畳み、これもファールにした。
9球目。
内角へのカットボール。辛うじてファール。
そして10球目。
外角低めへのストレート。
トーマスは踏み込み、すくい上げた。
打球はレフト方向のラインに沿って飛んでいる。
かなり大きな当たりだ。
打球はそのままレフトポールの上を超えて、スタンドに飛び込んだ。
ファールかフェアか。
僕はとっさに三塁塁審を見た。
審判は両手を広げて上げた。判定はファール。
トーマスは宙を仰ぎ、バッターボックスに戻った。
だがライトスタンドのお客さんの様子がおかしい。
朝比奈監督がベンチから出てきた。
リクエストだ。
審判団がバックネット裏に引き上げていった。
僕は一塁上で、バックスクリーンの大型ビジョンに映し出された映像を見た。
うーん、微妙だ。
打球はポールの上を超えているため、ファールかフェアかはっきりとはわからない。
そして審判団はなかなか出てこなかった。
恐らく時間にして3分くらいのことだったと思うが、僕にはとても長い時間に思えた。
ようやく審判団が出てきた。
そして右手を回した。
ということは……。
逆転満塁ホームランだ。
僕はゆっくりとグラウンドを周り、ホームベースを踏んだあと、トーマスを出迎えた。
ベンチ前ではチームメートが総出で出迎えている。
僕がベンチに座ると、トーマスが横に座り、ガッチリと握手を交わした。
そしてワンアウト後、4番の岡村選手にもホームランが生まれ、この回一挙5得点で逆転に成功した。
こうなると泉州ブラックスには火の玉ストレートが代名詞の抑えの平塚投手がいる。
平塚投手は9回裏を危なげなく三者凡退に抑えた。
劣勢からの大逆転。
この勝ちは大きい。
僕は勝利の歓喜の輪に入りながら、うつむき加減に引き上げていく静岡オーシャンズの選手達を見ていた。
これがチームの勢いの差かもしれない。
本当は静岡オーシャンズと優勝争いできれば最高なのだが。
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