第178話 雨中の攻防

 3回裏を終わって、4対3でリード。

 これから雨は強まる予報であり、5回コールドゲームも考えられるので、リードを保っておきたいところだ。


 4回表のマウンドにも三ツ沢投手があがった。

 ツーアウト一、二塁のピンチを背負ったが、何とか0点に抑えた。

 雨は天気予報通り更に強くなってきた。

 観客席は傘をさす人やレインコートを着た人で色とりどりだ。


 4回裏、泉州ブラックスの攻撃は早打ちが目立った。

 初球、3球目、初球。

 いずれもファーストストライクを打ち、三者凡退に終わった。

 雨は一段と強くなってきた。


 5回表、マウンドには引き続き、三ツ沢投手があがった。

 この回を投げきれば、勝ち投手の権利を得られる。

 しかしながら東京チャリオッツの攻撃は1番の境選手からの好打順であり、一筋縄では行きそうにない。

 得てしてそういう予感は当たるものだ。

 強い雨の中、ノーアウト満塁のピンチとなってしまった。

 ここで泉州ブラックスベンチは、三ツ沢投手を諦めピッチャー交代。

 

 この絶対絶命のピンチでマウンドに上がったのは、二宮投手。

 自作自演のようなピンチも招くが、満塁の場面で何とか抑えるのも二宮投手の特技だ。


 バッターは4番のジャック選手。

 二宮投手は球が滑るのか、いきなりスリーボールとしてしまった。

 だがここからが二宮投手の真骨頂でもある。

 2球際どいところでストライクを取り、フルカウントとなった。

 そしてファールを1球挟んだ

7球目。

 雨しぶきを伴った鋭いゴロが僕のところに来た。

 僕はダッシュして捕球し、素早くホームに投げた。

 自分で言うのも何だが、これ以上ないくらいのバックホームだ。


 キャッチャーの高台捕手はホームフォースアウトの後、素早く一塁に送球した。

 ダブルプレー。

 最高の結果となった。

 これでツーアウト二、三塁。


 そして二宮投手は当たり前のように次のバッターに四球を与え、デフォルトのツーアウト満塁となった。

 こうならないとエンジンがかからないのだろうか。

 そしてまたしてもフルカウントになった。

 嫌な予感がする。

 僕はセカンドの守備位置で今一度気合を入れた。


 そして6球目。

 ど真ん中へのストレートを捉えた鋭いライナー性の打球が僕の右に飛んできた。

 届かないかもしれない。

 僕は横っ飛びで飛びついた。


 ボールはグラブの先にあたり、測ったかのように一塁の岡村選手のところに転がった。

 岡村選手はそのまま捕球しながら、ベースを踏んで判定はアウト。

 僕はそのまま雨に濡れた芝生に横たわっていた。

 観客席が湧いている。

 もう一度やれと言われてもできないプレーだ。

 

 あの6月の雨の中の首位攻防戦。

 僕はチームの負けにつながる2つのエラーを犯した。

 だが今回の目一杯のプレーで自分の中ではあの悪夢を払拭できたような気がした。

 自分の悪い記憶は自分自身のプレーでしか上書きすることはできない。

 僕はベンチに戻りながら、そう思った。


 5回表を終えた段階で一段と雨が強くなってきた。

 グラウンドにはシートがかけられ、試合は中断することになった。

 

「このまま、試合が終わったら、お前がヒーローだな」と後ろにいた岸選手から声をかけられた。

 僕はベンチの最前列に座っていた。

「そうでしょうか。

 ピンチを抑えた二宮投手の可能性もあるんじゃないでしようか」

 僕は心にも無いことを言った。

「嫌味か。悪かったな。今回も青息吐息で」と二宮投手。

「いやー、さすが二宮劇場。

 満塁の場面だけは強いな」と岸選手。

「どんな当たりを打たれようと抑えれば良いんですよ。結果オーライです」


 雨は一段と強くなってきた。

 正直なところ、このまま終わって欲しいと思う。

 だが気持ちを切らすと、もし雨が小ぶりになり、試合再開したときに、スムーズに試合に入り込めない。

 だから僕は集中力を切らさないことを心がけた。

 

 そして二十分が経過し、主審がグラウンドに出て、雨天コールドが告げられた。

 ちなみに今日の試合は雨が強いため、ヒーローインタビューは無し。

 折角、観客の皆さんが感涙し、また爆笑する話を考えていたのに。残念だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


 


 

 

 

 

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