第169話 厳しい内角攻め
5回表、7番の伊勢原選手からの打順である。
ブラウン投手はこの回も続投するようだ。
そして僕に2回目の打席が回る。
伊勢原選手への初球。
内角高めへのボール。
伊勢原選手は避けたが、僅かにユニフォームをかすった。
デッドボール。
当たった本人は痛くないが、ノーアウトのランナーであり、四国アイランズに取っては痛いだろう。
次はバントの苦手な高台捕手。
サインは送りバントであったが、高台捕手もプロ。
ここはきっちりとバントを決めた。
「次の打者はこの試合、チーム唯一の長打を放ち、先制のホームを踏んだ、期待の高橋選手。
2軍から昇格したばかりであり、燃えているでしょう」
今日もプロ野球の実況中継を脳内再生しながら、僕は打席に入った。
ブラウン投手は左投手であり、右打者の僕としては与しやすい。
さっきヒットを打ったこともあり、もう1本打てる予感がする。
僕は意気揚々と打席に入った。
初球。
内角膝元へのツーシーム。
当たったらデッドボールだが、うまく避けた。
2球目。
またしても内角へのストレート。
これも見送ってボール。
3球目。
外角へのストレート。
これは決まってストライク。
ツーボール、ワンストライク。
バッティングカウントだ。
そして4球目。
内角高め。
だが球筋がおかしい。
どんどんこっちに向けて伸びてくる。
このままでは頭に当たる。
僕は咄嗟にかがんで避けた。
だがボールはヘルメットの上部を掠めていた。
僕はバッターボックス内で尻餅をついてしまった。
立ち上がると、ブラウン投手は悪びれもせず、帽子も取らず、両手でWhyというようなジェスチャーをしている。
これにはさすがに温厚な僕も頭に血が上ってしまった。
バットを放り投げ、マウンドにゆっくりと向かった。
「危ないじゃありませんか。
どこに投げてらっしゃるのでしょうか。
当たったらどうなさるおつもりですか。貴方」
というような意味の言葉を、大阪の一部地方特有の方言で言った。
ブラウン投手は途端に険しい表情になり、こっちに向かってくる。
先制攻撃を浴びせようとダッシュしかけたその時、相手キャッチャーの清田捕手が僕の前に立ち塞がった。
「何ですか、今の球は。
危なく当たるところでしたよ。貴方」というような意味の言葉を、再び大阪の一部地方特有の方言で、清田捕手に言った。
両チームのベンチから首脳陣、そして選手が飛び出してきた。
マウンドの手前で両チームの選手がもみ合いになっている。
「さっきからどこ投げてるんじゃい。帽子くらい取らんかい、ボケ」
「まあまあ抑えて、抑えて」
周りの選手に止められた。
プロ野球選手は個人事業主である。
怪我と弁当は自分持ちだ。
もしさっきのボールが当たって、骨折でもしたら誰が保障してくれるのか。
ピッチャーだって手が滑ることはある。
コントロールミスもある。
でもその場合はせめて帽子くらい取って、詫びるべきではないだろうか。
この試合の配球を見ていると、内角に投げて打者を怯ませて、フォームを崩し、外角の球で打ち取るという意図が見える。
それ自体は悪いことではないだろうが、当ててはダメだろう。
周りの選手になだめられて、僕は落ち着きを取り戻した。
ブラウン投手は危険球退場となり、僕は一塁に向かった。
僕の鬱憤は岸選手が晴らしてくれた。
緊急登板した湊投手の初球を見事にセンターバックスクリーンへ打ち込んだ。
スリーランホームラン。
これで4対0。
その後も泉州ブラックス打線は止まらず、この試合、13対0で勝利した。
僕もフル出場して、3打数2安打1打点、1ツーベース、1死球、1四球、盗塁1。
守備も安定していたし、まあ良かったのではないだろうか。
ちなみに栄ヘッドコーチからは試合後、軽くお叱りを受けた。
気持ちは分かるが、あまり感情を露わにするなということだ。
立場上、こう言わざるを得ないが、お前の気持ちがチームに乗り移った、とも言ってもらった。
なお翌日、試合前練習の際に、ブラウン投手が通訳を伴ってお詫びに来た。
話せば、サッパリとしたナイスガイだった。
彼としても異国のプロ野球で生き残るために、必死なのだろう。
僕らは最後に笑顔で握手した。
よし切り替えて今日も頑張ろう。
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