第164話 その日に向けて牙を研ぐ
泉州ブラックスの攻撃は、後続が倒れて、無得点に終わった。
藤野投手は2回にも2点を失い、2回途中5失点で降板した。
首を傾げ、不満そうにベンチに帰る姿は見ていて気持ちの良いものではない。
恐らく自分自身に腹を立てているのだとは思うが。
試合は後を継いだ大和投手が立て直した。
アンダースローの右腕で、シンカー、スクリューボールの使い手である。
藤野投手が残したワンアウト一、二塁のピンチを低目へのスクリューボールによって、一球でダブルプレーに仕留め、3回表も三者凡退に抑えた。
3回裏、ワンアウト一塁で2回目の僕の打順を迎えた。
さっきはストレートを打ったので、次は変化球が来ると読んだ。
すると初球、カーブが来たので、脇を締め、レフトに弾き返した。
これで2打数2安打。
ランナーは三塁まで進んだ。
これでワンアウト一、三塁である。
2番の並木選手への初球、僕は楽々と二塁への盗塁を決めた。
この場面はキャッチャーが二塁に送球すると、ランナーはホームに突っ込むことがある。
それを警戒したのだろう。
キャッチャーは送球してこなかった。
この回、並木選手にライト前ヒットが生まれ、三塁ランナーだけで無く、二塁ランナーの僕もホームインした。
これで2点を返し、5対2となった。
その後も大和投手が好投し、それに泉州ブラックス打線も応え、終わってみると、7対5で逆転勝利となった。
大和投手は5回を1安打に抑え、僕は4打数3安打の猛打賞。
久しぶりの2軍で結果を残した。
守備も無難にこなした。
「送球も問題無さそうだな」と藤沢2軍内野守備コーチ。
「はい、思ったところに投げられました」
「この間の試合のトラウマでイップスになっていないか、少し心配していたが、大丈夫そうだな」
送球エラー後、失敗を恐れる余り、思ったところに投げられなくなる、ということがある。
イップスは投手だけでなく、野手にもあるのだ。
藤沢コーチは現役時代は守備の名手としてならしたが、若い頃はイップスに苦しめられた経験があるそうだ。
正直なところ、僕も今日の試合を迎えるまでは、自分が正確に送球できるか、不安を抱えていた。
しかしながら、今日の試合で5回ほど守備機会があったが、いずれも無難にこなすことができた。
これには心から安堵した。
その後も2軍の試合に出場を続け、7試合で25打数10安打、打率.400と好調を維持していた。
守備も記録に残るエラーは0と安定していた。
僕に変わって1軍に昇格した、石川選手は初打席でプロ初ヒットを打ったものの、7打数でヒットはその1本だけで、5試合で2軍降格となった。
だが替わりに昇格したのは、泉選手だった。
泉選手は2軍で.320、ホームランも7本打っていた。
今季はトーマス・ローリー選手が打率.270とあまり調子が上がらず、泉選手は昇格後、すぐにセカンドでスタメン出場し、いきなり3安打、1ホームランを打った。
その後も試合に出る度、ヒットを打ち続け、1軍でも打率.333を残しており、ここ2試合はトーマス・ローリー選手に代わって、スタメン出場している。
僕も好調を維持しているが、こうなると中々1軍への再昇格の機会が巡ってこない。
そもそも2軍にはベテランで守備の名手、瀬谷選手もおり、守備固めということであれば、瀬谷選手が昇格してもおかしくはない。
僕は2軍にいる間にフォームを固めるべく、葉山2軍バッティングコーチとバッティングフォームのチェックを行っている。
今シーズン前、葉山コーチはほぼつきっきりで僕のバッティングフォームの改造に付き合ってくれた。
そして、その成果は長打力の向上に現れている。
またボールを手元まで見る癖をつけることで、打席で粘ることもできるようになってきた。
その一方でまだしっくりきていないのも事実である。
これは言葉に表すのは難しく、感覚的なところになってしまうのだが、自分でも自分のスィングがぎこちなく感じているのだ。
長打力が向上し、2軍でも数字を残せているのだが、まだ新しいスィングをものにしたという実感が乏しい。
1軍にいると、どうしても出場機会が限られるが、2軍ではほぼスタメンで日々数打席与えられる。
この機会に新しいバッティングフォームを自分のものにしてやる。
1軍昇格の機会が来れば、一発で仕留めてやる。
その日に向け、僕は牙を研いでいるのだ。
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