第163話 久々の2軍戦
「おい、あそこの2人の連れ、めっちゃ可愛くないか」
スタンドを見ていた南台選手が、球場の芝生の上でストレッチをしていた僕に声をかけてきた。
どれどれ。
顔を上げると、そこにいたのは結衣と妹だった。
「ああ、あれは僕の妻と妹です」
「マジか。後で紹介してくれ」と隣にいた大岡選手。
僕は苦笑しながら、改めてスタンドの2人を見た。
元々2軍の試合は観客が少なく、見に来るのは熱心なファンか、地元に住んでいる年輩の方が多い。
だから若い女性がいるのは珍しく、結衣と妹が2人並んでいると目立ってしまうのは仕方がない。
今日の熊本ファイアーズ戦。
僕は1番セカンドでスタメン出場となった。
ちなみに相手の4番はゴリラ平井である。
平井は貴重な和製の長距離砲として、大きな期待を受けて、熊本ファイアーズに入団したが、当たれば飛ぶものの、中々安定した数字を残せず、年々出場機会を減らし、今シーズンは開幕からずっと2軍にいる。
2軍では既に11本のホームランを放っているが、1軍からはお呼びがかからない。
「よお、元気そうだな」
試合前練習を終えると、平井がベンチまでやってきた。
「お前は元気なさそうだな」
「ああ、正直なところ、ずっと2軍暮らしでフラストレーションが溜まっている」
「そうか、ふらすとが溜まっているのか。大変だな」
「お前は昨シーズンから、ずっと1軍にへばりついていたのに、残念だったな」
虫じゃあるまいし。
「まあ、エラーも重なったし、正直なところ、出場機会も減っていたから、リフレッシュする機会だと前向きに捉えているよ」
「そうか。落ち込んでいると思っていたから、元気そうで安心した。
ところであそこの2人組、めっちゃ可愛くないか?」
お前まで……。
「結衣と僕の妹だよ」
「あれ、結衣か。
しばらく見ないうちにいっそう綺麗になったな。
羨ましいぜ、この野郎」と平井にグーパンチを肩に受けた。
おい、滅茶苦茶痛いんだけど。
お前はゴリラなんだから、手加減しないと死人がでるぞ。
手加減してこれだから、本気でやると骨の1本や2本簡単に折られるかもしれない。
高校時代、他校と喧嘩になっても、平井の名前を出すと大体収まった。
平井の名前が知られていない地方遠征の時以外は。
「じゃあ、またな」
そう言い残して、平井は去って行った。
あいつも中々厳しい立場だな。
人のことを心配している身分ではもちろん無いが、僕のように代走や守備固めで出られない分、平井は出場機会も限られる。
いわゆるロマン枠というやつで、覚醒すれば大きな戦力になるが、そうでなければ……。
今日の2軍戦の先発は藤野投手である。
先日、1軍で先発を勝ち取ったが、1回も持たず5失点を喫し、2軍に降格した。
即戦力の評価を受けて入団して3年目だが、思うような成績を上げることができていない。
今日も1回の表に四球とヒットでワンアウト一、三塁のピンチを背負うと、平井にスリーランホームランを浴びた。
相変わらずマウンド上で苛ついた感情を露わにしている。
良く言えば、それだけ燃えているとことだろうが……。
藤野投手はその後は何とか0点に抑え、1回裏を迎えた。
先頭バッターは僕である。
相手は、伊東投手。
昨秋のドラフト4位で指名された左腕で、大卒の新入団選手ということで、もちろん初対戦だ。
初球、ストレート。
速い球だ。150km/hは余裕で超えているだろう。
とは言え、速いだけなら1軍には上がいるし、しかも1軍投手のストレートは微妙に曲がるなど、癖のある球が多い。
だから幾ら速くても綺麗なストレートは僕にとっては打ちやすい。
カキーン。
快音を残して、打球はレフト線へ飛んだ。
フェア。
僕は一塁を蹴って、軽々と二塁に到達した。
2軍とは言え、幸先良く結果が出た。
結衣と妹が手を取り合って喜んでいるのが見えた。
妹もまだ初回なので、飽きずに見ているようだ。
2軍で結果を積み重ねて、最短の10日で1軍に戻りたい。
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