第162話 もう一度、立ち上がるために

 僕は気落ちしたまま、自宅のマンションに帰った。

 今日は結衣は非番であり、家にいるはずだ。

 

「ただいま……」

 ドアを開けると、見慣れない女性用の靴がもう一足あった。

「お帰りなさい」

 結衣が出てきた。

 そして後ろから顔を出したのは、妹だった。

 

「来てたのか」

「うん、結衣さんがパンケーキを作ってくれるというので、遊びに来たの」

 結衣と妹は趣味嗜好が似ているようで、ちょくちょく遊びに来ているようだ。

 

 ドラフト時は中学3年生だった妹も、既に大学3年生になっており、来年は就職活動である。

 ちなみに学費は僕が出している。

 パンケーキの食べ歩きの話ばかりしているけど、ちゃんと勉強しているんだろうな。

 留年したら自分でバイトして学費稼げよ。

 

「どうしたの。

 何かいつもにも増して暗くない?」

 僕が食卓のテーブルに座ると、妹が言った。

 

「2軍に降格した……」

「まあ……」と結衣が目を見開いた。

「仕方ない。

 今日の試合、僕の二つのエラーで負けてしまったし。

 もう一度、やり直すさ」

「そうよ。私だって留年しそうだけど、頑張っているんだから、お兄ちゃんも頑張ってよ」

 お前と一緒にしないでくれ。

 

「お前こそ、来年は就職活動だろ。準備はしているのか?」

「今はお兄ちゃんと結衣さんの結婚式のことで忙しいの。

 お料理決めたり、服を選んだり、ハワイの美味しいパンケーキのお店を探すので忙しいんだから」

 学校の勉強は忙しく無いのか?

 ちなみに妹は昔から、学校の成績は僕とは比べものにならないくらい良く、大学もそこそこのレベルの所に通っていた。


「何かやりたいことは無いのか?」

「うーん、パンケーキの評論家になりたいんだけど、どうしたらなれるのかな」

 そんなことをさせるために僕は妹の学費を払っているのか。

 そもそもそんな職業聞いたことない。

 

「頭痛がしてきた。もう寝る」

「あら、夕ご飯は?」

「うーん、あまりお腹すいていないからいいや」

「そう……」結衣はちょっと心配そうな顔をした。

 その横では妹がホイップクリームをかけたパンケーキにいちごを載せている。


 とは言え、ノー天気な妹と話したせいで、少し気が紛れた。

 僕は寝室に入り、明かりを消して天井を見ながら、呟いた。

「もう一度、やり直すしかないか……」


 今シーズンは思いがけず、1試合で2ホームランを打ったが、それ以外は中々出場機会も増えず、昨シーズンと代わり映えのしない成績となっていた。

 

 2軍降格は残念だが、もしかすると更なる飛躍するのに、自分を見つめ直す良い機会かもしれない。

「下を向いていても仕方が無いか」

 そんなことを考えていると、次第に眠りに落ちた。


 翌朝、リビングに入ると妹が布団を敷いて寝ていた。

 いつの間にか妹愛用の布団を持ち込んだらしい。

 

「ギャッ」

 間違えて足を踏んでしまった。

「お兄ちゃん、何するのよ」

「悪い悪い、気がつかなかった」

「絶対、わざとでしょ。

 私に何の恨みがあるのよ。

 ていうか、私の寝室に勝手に入らないでくれる?」

「ここは我が家のリビングであって、お前の寝室では無い」

「私が寝ているところは、私の寝室なの。バカなの?」

 バカはどっちだと言いかけたが、結衣が入ってきたので、それ以上の兄弟げんかはやめることにした。

 

「今日は2軍の試合出るの?」

 泉州ブラックスの2軍は、今日は本拠地で熊本ファイアーズ戦である。

「うーん、昨日二軍落ちしたばかりだからどうかな。何も言われていないけど出るかもな」

「じゃあ、私と麻衣さんで応援行くね」

 妹の名前は麻衣という。

 結衣と麻衣、名前も似ていれば趣味嗜好も似ているのはおかしなものだ。

 

「そうね、たまにはお兄ちゃんが真面目にやっているか、確かめるのも悪くないかもね」

 何でお前は上から目線なんだ。


 2軍の試合はほとんどがデーゲームなので、集合時間も早い。

 僕は早めに家を出て、2軍の球場に電車で向かった。

 

「もう戻ってくるなと言ったのに……。まあ仕方ないな。

 もう一度、ここで鍛え直して、早く更生してシャバに戻れ。」

 川崎二軍監督に挨拶をすると、このように言われた。

 ここは刑務所でしたっけ?


 何はともあれ、僕は久しぶりに二軍に合流した。

 



 

 

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