第161話 9回裏の攻防
この回から、東京チャリオッツは抑えの切り札のキースをマウンドに送った。
キースは新外国人選手で、大リーグで100近いセーブを挙げており、日本でも既に13個のセーブを挙げている。
そして1番バッターの岸選手が、キースの初球を捉え、二塁打を放った。
更に2番の伊勢原選手もフォアボールを選び、ノーアウト一、二塁のチャンスとなった。
僕はネクストバッターズサークルから、ベンチを見た。
すると栄ヘッドコーチに呼ばれた。
「いいか、ここは取り返そうとか考えるなよ。
エラーをしてしまった記録は消せないし、消す必要もない。
野球をしていると、エラーはつきものだ。
ここは切り替えて、お前の役割を果たすことだけに集中しろ」
僕は肯き、静かに闘志を燃やし、バッターボックスに入った。
9回裏、一点のビハインド。
ノーアウトでランナー一、二塁。
バッターは非力な僕。
次は4番の岡村選手。
どんなイケイケの監督でもここは送りバントを命じるだろう。
そして相手チームは当然、それを予測するだろう。
この場面での送りバントはかなり難易度が高い。
野手の正面に転がすと、三塁に送球され、下手したらダブルプレーもありうる。
僕は打席に入る前に大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
サインは予想通りバント。
僕は最初からバントの構えをした。
初球、外角低目へのツーシーム。
僕はバットを引いた。
だが判定はストライク。
え、今のが。
僕は咄嗟に球審の顔を見たが、澄ました顔をしている。
仕方がない。
僕は再び、バットを横にした。
今度は高めへの速球。
凄い伸びのある球だ。
さすが元大リーガー。
何とかバットに当てた。
しかし無情にもボールは、ファールゾーンに転がってしまった。
これでノーボール、ツーストライク。
やばい、追い込まれた。
僕はベンチを見た。
サインは引き続き送りバントだ。
スリーバントは失敗すると三振となる。
失敗も許されないし、下手に転がしてダブルプレーになったら最悪だ。
とてもプレッシャーのかかる場面になった。
3球目。
低目への速球か。
いや、スプリットだ。
僕は懸命に足を曲げ、バットに当てようとした。
バットには何とか当てたが、打球は僕の足下、しかもファールゾーンに転がってしまった。
スリーバント失敗。
三振だ。
僕はガックリと下を向き、ベンチに戻った。
役割を果たせなかった。
そして次の岡村選手はワンボール、ツーストライクからのスプリットを引っかけ、セカンドゴロとなってしまった。
セカンドから二塁カバーに入ったショート、そして一塁に転送されダブルプレー。
泉州ブラックスは4対5で敗れ、1日にして、首位の座から転落した。
今日の試合の戦犯は、誰の目にも明らかであった。
試合後、僕は2軍への降格を告げられた。
代わりに最近成長が著しい石川選手が昇格することになった。
僕は試合終了後、ロッカールームの荷物をまとめた。
もちろん悔しい。
とても悔しい。
だが何でだろう。
心の隅に、ホッとしてしまった自分がいる。
僕は自分の中にそういう弱さがあったことに衝撃を覚えた。
もし1軍に残っていたとして、次の試合に出場して、良い結果を残せただろうか。
正直なところ、自信がない。
僕は自分がまだ1軍で戦い抜くメンタルが不足していることを感じずにはいられなかった。
昨シーズン1軍にずっと帯同し、そして今シーズンも開幕から1軍に定着していた。
認めたくは無いが、1軍にいることを当たり前と思ってしまっていた。
二つのエラーと送りバント失敗。
僕としては決して手を抜いた訳では無い。
それでもこのような結果となってしまった。
どのように練習したら、このような失敗をしなくなるのだろう。
僕は自宅へ帰る電車の中で、車窓を流れる街灯りを見ながら、そう思った。
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