第160話 雨中の9回表
9回表、東京チャリオッツの攻撃は9番の岡谷選手からの攻撃である。
ランナーを出して上位打線に繋がると厄介なので、まずは岡谷選手を打ち取りたい。
雨足が強くなってきた。
岡谷選手はワンボール、ツーストライクからの4球目のカットボールを引っかけた。
緩いゴロが一二塁間に飛んできた。
僕は回り込んで抑えようとした。
「あっ」
グラウンドに足を取られ、スリップしてしまった。
僕は転びながらも何とかグラブを伸ばして打球を止めた。
だが一塁には投げられない。
記録は僕のエラーだ。
大事な場面で、ノーアウト一塁としてしまった。
「ドンマイ、高橋」
平塚投手が手をあげて声をかけてくれた。
僕は帽子を取って、一礼をした。
そう犯してしまったミスを悔やんでも仕方がない。
切り替えていこう。
一塁ランナーの岡谷選手は俊足である。
ここは盗塁も警戒しなければならない……と思っていたら、初球から走ってきた。
雨でボールが滑ったか、高台捕手は投げられなかった。
ノーアウト二塁。
1点は勝っているものの同点に追いつかれるピンチだ。
打席には俊足でパンチ力もある境選手。
境選手は初球のカットボールを打ってファーストゴロに倒れたが、ランナーは三塁に進塁した。
これでワンアウト三塁。
引き続きピンチだ。
続くバッターは強打者の角選手。
フルカウントから最後は敬遠気味のフォアボールとなった。
これでワンアウト一、三塁。
逆転のランナーまで塁に出してしまった。
3番は札幌ホワイトベアーズから移籍の砂川選手。
僕とほぼ同じくらいの身長で、プロ野球選手としてはやや小柄であるが、毎年コンスタントに三割を打ち、ホームランもいつも二桁は打つ。
出塁率も高い嫌なバッターだ。
砂川選手に対しても、フルカウントからフォアボールを与えてしまった。
これでワンアウト満塁。
内野手に取っては守りやすいとも言えるが、一気に大量失点もある場面である。
僕ら内野陣はマウンドに集まった。
「1人、1人、抑えていこう」
高台捕手の声がけに皆肯いた。
とは言いつつも、ベストはダブルプレーに抑えることだ。
次のバッターは4番のジャック選手。
昨シーズンに入団して、いきなり30ホームランを打った左の強打者だ。
ツーボール、ワンストライクからの4球目。
内角のストレートをジャック選手は引っ張った。
強い打球がセカンドに飛んできた。
僕は確実に抑え、二塁のカバーに入ったショートの伊勢原に送球した。
「あっ」
雨で滑ってしまったか、送球は大きくそれ、伊勢原選手が手を伸ばした先を通り過ぎてしまった。
ボールはカバーに入っていたレフトの山形選手が抑えたが、2人のランナーがホームインしてしまった。
これで4対5。
首位攻防の大事な試合で、僕の二つのエラーで逆転されてしまった。
「すみません」
マウンドに再び内野陣が集まり、僕は詫びた。
「何、まだ1点差だ。
次の回、取り返す。
そのためにここはこれ以上、点は許さないぞ」とファーストの岡村選手。
「おおっ」
僕らは守備位置に戻った。
僕はベンチをチラッと見た。
変えられるのではないか。
だが朝比奈監督は腕組みをして、仁王立ちで戦況を見ているだけであり、栄ヘッドコーチも、戸塚内野守備コーチもやはり腕組みをして、ベンチに座っていた。
まだワンアウト一、二塁のピンチが続いていた。
だがここは平塚投手が二者連続三振に抑え、何とかピンチを脱出した。
「すみませんでした」
僕はベンチに戻って、平塚投手に帽子を取って詫びた。
平塚投手は微かに笑みを浮かべて、グラブでポンと僕の頭を叩いた。
「気にするな。次、頑張れ」
僕は再び礼をし、その場を辞して、バット入れから自分のバットを取り出した。
9回裏は1番バッターからの打順であり、僕はトーマス・ローリー選手の替わりに3番に入っているので、この回打席が回る。
打たせてくれるかは分からないが……。
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