第157話 最大のライバル
その時、僕は控え組、白軍の控えであった。
当時の山崎は相手が誰であれ、打たれることを極端に嫌っており、チームメート相手にも全力で投げていた。
その紅白戦は7回制であったが、今日と同じく山崎は1人のランナーも出さず、しかもほとんど三振で、最終回の裏を迎えていた。
そして7回裏もツーアウトになった時、代打として僕が送られた。
以前述べたように、山崎は入部当時からエースであり、態度も不遜だったので、僕のような一般入部のパンピーは同級生ながら、ほとんど口をきいたこともなかった。
(作者注:パンピーについては、第79話参照)
そして僕は山崎と初めて対峙し、フルカウントまで粘り、それからもファールで5球粘った。
そして11球目、山崎の渾身のストレートを捉えた打球は、レフトのネットを超えたのだ。
ハッキリ言って、あれはまぐれだった。
恐らく、山崎の球を100球打ったとしても、あんな当たりは1本有るか無いかだっただろう。
だがそれ以来、僕はチームでも一目置く置かれるようになり、2年生の途中からはショートのレギュラーに定着したのだ。
もしあの日あの時、山崎から打てなかったら、今の僕は無いかもしれない。
それくらい、僕にとっては大きな出来事だった。
僕はバッターボックスから山崎を見た。
山崎は微かに笑みを浮かべているように見えた。
プロの世界でこんな痺れる場面で対戦できること。
山崎はそれを心から喜んでいるようだった。
そしてそれは僕にとっても同様だ。
プロ6年目にしてたどり着いたこの場面。
絶対に打ってやる。
初球。
いきなりスプリットだ。
僕は見送った。
判定はボール。
2球目。
外角へのスライダー。
これも見送ったが、判定はストライク。
3球目。
またしてもスプリット。
打ちに行ったが、三塁方向へのファール。
4球目。
内角高めへのストレート。
見送ってボール。
これでツーボール、ツーストライク。
5球目。
山崎は僕に左の掌全体で握ったボールを見せた。
僕は確信した。
最後はストレートだ。
そして山崎は5球目を投げた。
やはりストレート。
凄い伸びだ。
僕は腕を畳み、思いっきり振り抜いた。
捉えた。
三遊間に鋭いライナーで飛んでいる。
サードの豊岡選手か横っ飛びで飛びついた。
ボールはグラブの端にあたり、前に落ちた。
豊岡選手はすぐに拾い上げ、一塁に投げた。
僕は必死に走った。
だが送球は少し高く、一塁の下條選手のファーストミットを掠め、一塁側のファールゾーンに転がった。
それを見て僕は一塁を蹴って、二塁に向かった。
滑り込んでセーフ。
僕は二塁上でバックスクリーンの表示を見た。
エラーの赤ランプが灯っていた。
その時の正直な気持ちを言うと、ホッとしていた。
本当はヒットにならなかったことを悔しがるべきかもしれない。
でもその時の僕はエラーで良かったと思ってしまったのだ。
パーフェクトを逃したが、山崎は表情一つ変えず、淡々と球審からのボールを受け取った。
そして続く1番の岸選手を渾身のストレートでショートフライに打ち取り、ノーヒットノーランを達成した。
スタンドでは京阪ジャガーズファンが大きく沸いており、グラウンドでは山崎を祝う、歓喜の輪ができていた。
僕はその中心で嬉しそうに笑っている山崎を見ながら、ベンチに引き上げた。
「良いバッティングだったぞ」
ベンチに戻ると、釜谷バッティングコーチに声をかけられた。
「ありがとうございます」
僕はその後、栄ヘッドコーチの所に行き、帽子を取って頭を下げた。
栄ヘッドコーチは、無言で肯き、僕の肩を軽く叩いた。
ロッカールームに引き上げて、着替えながらモニターを見ると、山崎がヒーローインタビューを受けていた。
「パーフェクトを逃した時のお気持ちは?」
「はい。
隆、いや高橋選手の当たりは完全にヒットだと思いました。
だからエラーとなって、ホッとしたのが正直な気持ちです」
「高橋選手は高校時代のチームメートとあって、特別な気持ちはありましたか」
少し間があって、山崎が口を開いた。
「はい、ありました。
あいつ、いや高橋選手は僕に取って最大のライバルです。
彼は高校の野球部に入団した時は、レギュラーを期待されていませんでした。
それなのに努力で乏しい才能を伸ばし、レギュラーを掴み、プロ野球選手にまでなった男です。
僕のようなエリートとはタイプの全く違う選手ですが、彼とこのような痺れる場面で対戦できたことは、幸せなことだったと思います」
しかし、普通自分のことを自分でエリートと言うか?
ていうか、乏しい才能とは何だ。
僕は呆れながら、モニターを見ていた。
でも何でだろう。
僕は自分の目尻が少し濡れているのを感じた。
全く目障りで嫌な奴だ。
早くメジャーに行っちまえ。
そしていつかお前に追いつくために、僕はこれからも努力を続けてやる。
高校時代から、いつかこいつの球を打ってやる。
こいつに認めさせてやる。
そういう思いでやってきた。
そう、僕にとっても山崎は最大のライバルなのだ。
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