第150話 明暗分かれる

 初球、カーブだ。

 ふわっとした軌道でストライクゾーンに計ったように決まる。

 今日の泉州ブラックス打線はこの球でカウントを稼がれ、そしてコースをついた多彩な変化球で打ち取られてきた。

 

 ということは僕の打席でもこの球が来る可能性がある。

 この球を狙っていた。

 タイミングを合わせ、右方向を意識して強く打った。 

 今季最高の感触だ。

 バットを放り出し、一塁に走り出した。


 ライトの高橋孝司選手が懸命に追っている。

 抜けてくれ。

 僕は一塁ベース手前で打球がスタンドの最前列に入ったところを見た。

 やったぜ。

 今季第1号、そしてプロ3本目のホームランだ。


 球場の大歓声をゆっくりと噛み締めながら、ベースを回ってホームインした。

 そしてベンチに戻り、各選手とハイタッチした。

「だから、言っただろう。

 俺の言うとおりに打てば、ホームランを打てるって」と釜谷バッティングコーチ。

 さっきの釜谷バッティングコーチのアドバイスのどの部分がそれを指すのだろう。

 後で149話を確認しよう。

  

 これで2対1と勝ち越した。

 この回、3番の岸選手のツーベースヒットを足がかりに、もう1点を追加し、3対1。

 点差は2点になった。


 4回表、綾瀬投手はこの回先頭の3番の黒沢選手にホームランを打たれ、あっさりと1点を失った。

 そして迎えるバッターは、4番谷口。

 

 ツーボール、ワンストライクからの4球目のツーシームをバットの芯で捉えた。

 良い角度で右中間に上がっている。


 ライトの山形選手が懸命に追っている。

 どうだ?

 大歓声が沸いた。

 山形選手はフェンスにぶつかりながらも、しっかりと捕球していた。

 さすがチーム屈指の外野守備力を誇る山形選手だ。

 谷口は2打席連続で良い当たりを好捕され、またしても宙を仰いでいる。


 うーん、ついていないね。

 一打席目も二打席目も、ほんの僅かにずれていればヒットになっただろう。

 ついてない時は辛抱するしかない。

 僕は肩を落として、ベンチに下がった谷口の背中を見ながら、そう思った。


 谷口の良い当たりがアウトになって調子を取り戻したのか、綾瀬投手は後続を簡単に抑えた。

 

 4回裏、この回は7番の宮前選手からの攻撃である。

 宮前選手は開幕当初は打ちまくったが、最近はプロの洗礼を浴びており、弱点である内角低めへを執拗に付かれ、パタッと当たりが止まっていた。


 そしてこの打席も内角低めの速球を打ったが、ショートゴロに倒れてしまった。

 結局、この回は後続も凡退し、無得点で5回表を迎えた。


 5回表は静岡オーシャンズは、7番の下位打線からの攻撃だったが、綾瀬投手は先頭打者にフォアボールを与え、更に送りバントの処理を焦り、ノーアウト一二塁のピンチを迎えた。


 9番の但馬選手が送りバントを決め、ワンアウト二、三塁でトップバッターの新井選手を迎えた。

 点差は3対2で一点のリード。

 このシチュエーションでは、1点のリードは風前の灯火に思える。

 そして予想通り、新井選手の打球は一二塁間を抜けた。

 

 2人のランナーがホームインし、4対3で逆転された。

 あーあ、あのままなら今日のヒーローインタビューは僕だったのに。

 

 さらに2番の西谷選手にもヒットを打たれ、3番の黒沢選手を迎える場面で、綾瀬投手はマウンドを降りた。

 綾瀬投手としては、この回を抑れば勝利投手の権利を獲得できたのだが、悔いの残るマウンドとなっただろう。


 綾瀬投手の後は、二宮投手が登板した。

 だが相手が黒沢選手ということで気負ったのか、ストレートの四球を与えてしまった。

 これでワンアウト満塁で4番の谷口を迎える。

 僕ら内野陣はマウンドに集まった。


 高台捕手がミットで口を押さえながら言った。

「いいか、低目に集めていくぞ。セカンド、ショート、ゴロが行ったら頼んだぞ」

「はい」

「了解」

 僕と額賀選手は返事した。

 そして各々が守備位置に戻った。


 バッターボックスに入った谷口は悲壮感を感じさせる佇まいを見せていた。

 ここで打たないと4番失格だと、気合が入っているのが手に取るように見えた。


 初球、ど真ん中へのストレート。いや、フォークだ。

 谷口は強振したが、バットはボールの上を通り過ぎた。

 これでストライクワン。


 2球目。

 内角高めへのツーシーム。

 谷口は仰け反って避けた。

 これでワンボールワンストライク。


 3球目。

 外角へのスライダー。

 見逃して、ボール。


 そしてツーボールワンストライクからの4球目。

 真ん中低目へのカットボールを捉えた打球はセンター前にライナーで飛んだ。

 

 センター前に落ちようかという打球だったが、岸選手が突っ込んできてスライディングキャッチをした。

 これこそプロのプレーだ


 そして岸選手はセカンドランナーが飛び出しているのを見て、セカンドカバーに入っている僕に送球した。

「アウト」

 谷口に取っては最悪のダブルプレーだ。


 谷口は天を仰いだ。

 今日、3回目だ。

 お祓いした方が良いんじゃないか。

 対戦相手ではあるが、僕は谷口に同情せざるをえなかった。 

 

 

 


 

 

 

 

 

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