第148話 残ってくれたファンのために

 7回の裏、この回から登板した大和投手が更に2点を失ったところで、泉州ブラックスファンが帰り始めた。

 7回が終わって、10対1。

 確かに絶望的な点差だ。


 だが泉州ブラックスは打撃のチーム。

 ひっくり返すのは無理でも、このまま終わりたくない。


 8回の表。

 7番の金沢選手が8球粘った末、フォアボールで出塁した。

 新潟コンドルズのマウンドは、新発田投手に替わっている。

 彼は高卒でドラフト1位入団の新潟コンドルズ期待の投手である。

 まずは楽な場面で経験を積ませたい、ということか。


 8番はキャッチャーの高台選手。

 やはり粘り、7球目をライト前に弾き返した。

 これでノーアウト一、三塁。

 この試合初のチャンスらしいチャンスである。


 そしてバッターは9番、ラストバッターの山形選手である。

 山形選手の打球は三遊間に飛び、二塁はフォースアウトになったが、一塁はセーフとなった。

 これで10対2。

 焼け石に水と笑われるかもしれない。

 でもこんな試合になっても、まだスタンドに残っていてくれる泉州ブラックスのファンのために、僕らはプロとして下を向くわけにはいかないのだ。


 打順は1番に返って、伊勢原選手。ワンアウト一塁。

 伊勢原選手はしぶとくレフト前に落とし、これでワンアウト一二塁と追加点のチャンスだ。


 そして2番の額賀選手は態勢を崩されながらも、一二塁間を破り、もう1点追加した。

 これで10対3となったが、まだまだ点差は大きい。


 そしてここからはクリーンアップを迎える。

 ワンアウトランナー一二塁。

 新潟コンドルズの新発田投手は既に肩で息をして、自軍のベンチを見ている。


 だが新潟コンドルズベンチは動かない。

 ここは点差も開いているので、試練を与えるようだ。

 こうなると泉州ブラックス打線は止まらない。

 3番の岸選手は見事に左中間を破るツーベースヒット。

 2人のランナーがホームインして、これで10対5。点差は5点。

 決して、セーフティリードとは言えなくなってきた。


 そして4番の岡村選手を迎える場面で、新潟コンドルズベンチも動き、中継ぎの輪島投手をマウンドに送った。

 ワンアウトランナーは二塁。

 ここでもしホームランが飛び出すと、一気に3点差だ。

 

 泉州ブラックスベンチはさっきまでとはうって変わって活気が出ていた。

 今日は見所が少なかった泉州ブラックスのファンも、ようやく迎えた見せ場に沸いていた。


 一塁が開いているからか、岡村選手は敬遠され、これでワンアウト一二塁。

 そしてここで僕の打順だ。


 ネクストバッターボックスからベンチを見た。

 代打を出されるか?

 だがベンチは動かない。

 ここは僕に打たせてくれるようだ。


 バッターボックスに入り、輪島投手に向き合った。

 守備体系を見ると、内野も外野も前進守備を敷いている。

 バックホーム態勢だ。


 輪島投手の得意球はツーシームであり、ここはゴロを打たせてダブルプレーを狙っているのだろう。


 初球、外角低目へのツーシーム。

 ストライクゾーンに入って、ストライクワン。

 

 2球目。

 またしても外角低目へのツーシーム。

 これは外れてボール。

 とは言え、さっきの球とコースはあまり変わらず、紙一重だ。


 3球目。

 今度も低目へのツーシーム。

 これは入って、ストライクツー。

 追い込まれた。


 4球目。

 内角高めへのストレート。

 何とかファールで逃げた。


 5球目。

 また外角低目へのツーシーム。

 遠く見えたが、カットした。

 カウントは変わらず、ワンボールツーストライク。

 ここで僕はタイムを取り、一度打席を外した。


 6球目

 内角低目へのストレート。

 意表をつかれ、見送ってしまった。

 判定はボール。

 助かった。

 カウントはツーボールツーストライク。


 7球目。

 外角低目へのストレートか。

 いやフォークだ。

 ボールはホームベース手前でワンバウンドした。

 僕はバットを振りかけたが、何とか止めた。

 キャッチャーは三塁塁審に判定を求めたが、手は横に広がり、ボールの判定。

 スリーボールツーストライクのフルカウント。


 8球目。

 内角低めへのツーシーム。

 本当に辛うじてバットに当てた。


 9球目。

 外角に意識が行っていたが、裏をかかれて内角真ん中へのツーシーム。

 これも何とかバットに当てた。


 10球目。

 またも内角低めへのツーシーム。

 相手バッテリーは裏を書いたつもりだったのだろうが、これは頭に入っていた。

 僕は腕を畳み、バットを振り抜いた。


 速い打球が三遊間に飛んでいる。

 僕はそれを横目で見ながら、一塁に走った。

 だがショートがギリギリ追いついた。

 そして一塁に素晴らしい送球がきた。

 一塁ベースを駆け抜けた。

 判定は?

 アウト。


 残念。

 ここは何とか塁に出たかった。

 これでツーアウト二、三塁。

 ランナーを進めるという最低限の仕事だけはできた。


 6番は水谷選手。

 ワンボールワンストライクからの3球目を、見事にライト前に弾き返した。

 ランナーが2人返って、これで10対7。

 点差は3点。

 がぜん試合の行方は分からなくなってきた。


 ここで新潟コンドルズはセットアッパーの畠山投手を送り込んできた。

 そして7番の金沢選手は三振に倒れ、泉州ブラックスの長い攻撃は終了した。


 9回表は新潟コンドルズの抑えの村上投手が登板し、泉州ブラックスは10対7で敗れた。

 だが劣勢でも残ってくれた泉州ブラックスファンの方に、少しは見せ場を作れたのではないだろうか。

 相手のセットアッパー、抑えを引きずり出したし。

 負けたとは言え、チームの雰囲気も悪くない。

 よし、次はホームでの静岡オーシャンズ戦だ。

 頑張ろう。

 


 

 

 



 

 

 

 

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