第147話 劣勢でも激走
トーマス・ローリー選手は診断の結果、打撲であった。
それを聞いた時、自分ごとのようにホッとした。
ポジション争いのライバルであるが、切磋琢磨して高めあっていきたいと思う。
新潟コンドルズとの3試合目、セカンドのスタメンは……。
額賀選手だった。
ショートは伊勢原選手。
この日の先発はジョーンズ投手だったが、早々と失点を重ね、4回途中5失点でマウンドを降りた。
その後を継いだ丸山投手も失点し、5回を終えた時点で8対0で劣勢となっていた。
僕はそれでも声出しを続けた。
6回表は9番の山形選手からの打順だったが、あっさりと三者凡退になってしまった。
ここまでの展開は、泉州ブラックスファンにとって面白くないだろう。
6回裏は二宮投手が踏ん張り、何と三者三振に切って取った。
そして7回表は、3番からの打順であったが岸選手、4番の岡村選手と連続三振し、最近絶不調の5番のデュラン選手の打順になった。
「高橋。出番だ」
ベンチ最前列で声を出していたら、急に栄ヘッドコーチに声をかけられた。
僕はキョトンとして、栄ヘッドコーチの顔を見た。
だってランナーもいないし……。
「デュランのところに代打だ。
雰囲気を変えてくれ」
「はい、わかりました」
僕はすぐに立ち上がり、ヘルメットを被り、打席に向かった。
ネクストバッターボックスにいたデュラン選手が不満そうにベンチに戻るところとすれ違った。
だがどちらともなく、ハイタッチをした。
頼んだぞ、と言ってくれているように感じた。
しかし指名打者のデュラン選手の場面で、代打として出るとは予想していなかった。
僕はバッターボックスに入った。
新潟コンドルズは先発の北前投手がまだ投げている。
ここまで2安打ピッチング。
完封ペースだ。
北前投手は僕のプロ入り初打席の相手であり、当時は敗戦処理のような立ち位置であったが、今や新潟コンドルズのローテーシヨン投手にまで成長していた。
元々、ストレート、カットボール、フォーク、カーブ等の多彩な球種を操る投手であったが、最近はスライダーも身につけたそうだ。難敵である。
初球。
真ん中低めへのカットボール。
これはバットに当てても内野ゴロだろう。
見送ったが、ストライク。
2球目。
今度は外角へのスライダー。
鋭い変化だ。
遠いと思ったが、これもストライク。
あっさりと追い込まれた。
3球目。
再び外角へのスライダー。
これは遠い。
見送ってボール。
カウントはワンボールツーストライク。
4球目。
低目への直球。
いやフォークだ。
手が出そうになったが、何とかバットを止めた。
これでツーボール、ツーストライク。
5球目。
外角低目へのカットボール。
ストライクに見えたので、ファールで逃げた。
6球目。
何と内角へのカーブが来た。
意表をつかれたが、何とかバットに当てた。
7球目。
外角低目へのスライダー。
手が出なかった。
だが判定はボール。
助かった。
これでスリーボール、ツーストライクのフルカウント。
8球目。
内角へのストレート。
バットには当てたが、完全に差し込まれた。
打球はボテボテのショートゴロ。
僕は必死に一塁に向けて走った。
ショートの高岡選手がボールを掴み、ジャンピングスローをした。
僕は一塁を駆け抜けた。
タイミングは完全にアウトだったが、送球は高く、背伸びしたファーストのスミス選手のミットを掠めて、ファールゾーンに転がった。
僕はすぐに走る方向を変え、二塁に向かった。
南三塁コーチャーが腕を回している。
それを見て、二塁を蹴って、三塁に向かった。
ファールゾーンのボールに追いついたスミス選手が三塁に送球してきた。
僕は足から滑り込んだ。
低い送球が、ショートバウンドし、サードの山本選手はボールを後ろにそらした。
僕はそれを見て、すかさず立ち上がり、ホームに突っ込んだ。
カバーに入っていたレフトの遊佐選手からの送球が返ってきた。
タイミングは微妙だ。
キャッチャーの若狭選手がブロックしているが、コリジョン・ルールにより、僅かだがホームベースが見える。
僕はそこをめがけてスライディングした。
それと同時に若狭選手からのタッチを受けた感触があった。
判定は?
「アウト」
球審の右手が上がった。
だが朝比奈監督が出てきて、リクエストをした。
審判団が確認のためにバックスペースに下がり、バックスクリーンにリプレイが映し出され、小さく歓声が上がった。
少し時間をおいて、審判団が出てきた。
「セーフ」
球審の手が水平に広げられた。
良かった。
僕は安堵し、ベンチに戻った。
記録は新潟コンドルズのエラー2つ。
内野安打にはならなかった。
もちろん盗塁もつかない。
でも取り敢えず完封負けを防いだことは良かった。
しかし疲れた……。
次の水谷選手は2球目を打ち上げて、すぐにチェンジになった。
良かった。指名打者で。
まだ僕は息が切れており、すぐに守備につくのは苦しいところだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます