第146話 秘密兵器のお出まし

 6回表は4番の岡村選手からの攻撃だったが、無得点に終わり、6回裏も児島投手が無失点に抑えた。

 この回はセカンドに打球は飛んでこなかった。


 7回表、8番の高台選手からの打順だったが、続投した山下投手の前に三者凡退に終わった。


 7回裏、児島投手はフォアボールのランナーを1人出したものの、無失点に切り抜けた。

 ここまで1対1。

 両先発投手とも譲らず、緊迫した投手戦になっている。


 8回表は今日は2番に入っている伊勢原選手からの打順だ。

「高橋、秘密兵器1号2号の俺らで点とるぞ」

 伊勢原選手は、打席に入る前にネクストバッターボックスに入ろうとした僕に、そう声をかけた。

 ちなみに伊勢原選手は大卒2年目であるが、大学入学時に1年浪人しているので、僕よりも1つ年上である。

 

「了解であります!」

 僕は敬礼する真似をした。

 伊勢原選手は微かに笑って、バッターボックスに入った。


 新潟コンドルズの投手はこの回からセットアッパーの畠山投手に替わった。

 150km/hを超える速球と110km/hのチェンジアップが持ち味の投手だ。


 初球、155km/hの内角へのストレート。

 伊勢原選手は仰け反ったが、判定はストライク。

 それだけ球の伸びがあるということだろう。


 2球目は外角へのチェンジアップ。

 伊勢原選手は体勢を崩されたが、うまく三遊間に打ち返した。

 ショートが追いついたが、伊勢原選手は俊足であり、一塁セーフ。


 僕がバッターボックスに入ろうとすると、伊勢原選手が何かを言っていた。

 聞こえなかったが、口の動きから察するに「お前も続けよ」と言っているようだ。

 僕は左手の拳を握り締めて、伊勢原選手に見せた。

 伊勢原選手も拳を握り締めて、返してくれた。


 僕はベンチのサインを見た。

 ここは送りバントの場面か。

 しかし、サインは「打て」だった。

 ありがたい。

 多少なりとも僕に期待してくれているのか。


 初球、内角へのストレート。

 すごく速く感じる。

 僕は悠々と見送った、というよりも手が出なかった。

 真っ直ぐだけど、僅かに変化する、クセのあるストレートだ。

 球速表示は158km/h。

 判定はボール。


 2球目の前にベンチを見た。

 サインは変わらず「打て」。

 投球は外角低目へのストレート。

 ストライクにも見えたが、これを振っても内野ゴロだ。

 僕は見逃した。

 だが判定はボール。

 これでツーボール。

 俄然有利になった。


 3球目。

 ベンチのサインは「待て」

 そろそろチェンジアップが来るかと思ったが、これも外角低目へのストレート。

 素晴らしいコースに決まり、ストライク。

 これでツーボールワンストライクだ。


 4球目。

 ベンチのサインはヒットエンドラン。

 ここで来たか。

 僕は少しだけバットを短く持った。

 投球は真ん中高目へのストレート。

 いやフォークだ。

 伊勢原選手はスタートを切っている。

 僕は辛うじてバットに当てた。

 打球は一塁へのボテボテのゴロだ。

 一塁手はダッシュしてボールを掴み、三塁を見たが間に合わないと判断し、一塁に送った。


 これでワンアウト三塁。

 アウトにはなったが、役割は果たせたのではないだろうか。

 実際にベンチに戻ると、拍手で迎えられた。


 そして続く岡村選手が犠牲フライを打ち、勝ち越しに成功した。

 これで2対1。

 更に5番のデュラン選手にホームランが飛び出し、3対1となった。


 こうなれば8回裏は、セットアッパーの山北投手、9回裏は抑えの平塚投手の黄金リレーだ。

 僕は9回に守備機会が1回あったが無難にこなし、試合はそのまま泉州ブラックスの勝利となった。


 余談だがその日、チーム全員で近くのファミレスに行った。

 監督、コーチ、選手に加え、チームスタッフもいたので、総勢50人くらいになった。


 ファミレスの店員は、何事かと驚いていたが、それでも人数分の料理が手早く出てくるところはさすがだと思う。


 ちなみに会計は十万円を軽く超えたが、児島投手が支払ってくれた。ご馳走様です。

 

 良かった。

 もし逆転されて負けていたら、この山のような伝票を僕に押しつけられていたかもしれない。

 そしたら結衣がどんな顔をするか……。


 

 

 

 

 


 

 


 

 

 

 

 

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