第145話 やるならやらねば

 1点を先制し、まだランナー一塁であったが、5番のデュラン選手が三振し、3回表の攻撃は終了した。

 そしてトーマス・ローリー選手に代わり、僕はセカンドの守備に入った。


 今日の先発は、エースの児島投手。

 1点を先制したし、負けられない試合だ。

 僕はセカンドの守備位置につき、足下をならした。

 さあ、来い。

 前傾姿勢を取った。


 3回の裏、新潟コンドルズの打線は一番打者からの好打順であったが、児島投手は三振2つと浅いライトフライ1つの三者凡退に抑えた。


 4回表、泉州ブラックスの攻撃は、6番の水谷選手からだったが、こちらもあっさりと三者凡退に終わった。


 そして4回裏の新潟コンドルズの攻撃も簡単に三者凡退に抑え、試合は中盤5回表を迎えた。

 この回は9番の額賀選手からの打順であり、1人ランナーが出ると、チーム屈指の高打率(なんと.500)を誇る、途中出場の3番打者に打順が回る。


 そして額賀選手は良い当たりのライトライナー、1番の岸選手は三振に倒れ、打順はショートの伊勢原選手を迎えた。

 そして伊勢原選手はフルカウントから粘り、フォアボールを選び、いよいよ僕に打順が回ってきた。


 ツーアウト一塁。

 ここは作戦があるとしたら、盗塁か?

 僕はバッターボックスからベンチを見たが、特にサインは出なかった。


 新潟コンドルズのマウンドは、引き続き山下投手。

 ドラフト同期同士の対決だ。


 初球、外角低目へのストレート。

 とても速く、そして遠く見えたが、判定はストライク。


 2球目。

 何と伊勢原選手は走った。

 マジか。

 サインは出ていないので、自分の判断での盗塁だろう。

 ボールは高目に抜け、伊勢原選手は見事に盗塁成功した。

 これでワンボールワンストライク。

 ツーアウトランナー二塁。


 もう1点追加のチャンスだ。

 今季はまだ打点がない。

 ここで打てれば、ヒーローインタビューに呼ばれるかも。


 そんな邪な気持ちを逆手に取られたか、山下選手の多彩な変化球の前に、僕はあっさりとツーボールツーストライクからの5球目を空振りし、三振してしまった。

 僕はベンチに戻りながら、山城元コーチからもらった「仮免許皆伝」のことを頭に思い浮かべた。

 まだまだ修行が足りない。


 5回裏、児島投手は新潟コンドルズの下位打線に連打を浴び、ノーアウト一、三塁のピンチを迎えた。

 ここで迎えるのは9番打者の若狭捕手。

 ワンボールワンストライクからカットボールに手を出し、打球はセカンドに飛んできた。

 平凡なゴロだったが、僕はダッシュし、咄嗟にホームに投げた。

 ところが判定はセーフ。

 キャッチャーの高台選手は、すぐに一塁に投げたが、これも間に合わずセーフ。

 朝比奈監督が出てきて、リクエストをしたが、リプレー検証でも結果は変わらなかった。


 やってしまった。

 記録は僕のフィルダースチョイス。

 僕ら内野陣はマウンドに集まった。

 

「すみません」

 僕は児島投手に謝罪した。

 児島投手は険しい顔をしながら、「もし逆転されたら、今日の夕飯はお前持ちだぞ」と言った。

 え?、年俸1,800万円の僕が、年俸2億円以上の児島投手に奢るんですか?


「ファミレスで良ければ……」

 周りの野手から笑いが漏れた。

 児島投手もニャリと笑い、「たまにはファミレスも良いな」と言った。

 輪がほどけ、僕は守備位置に戻った。


 1点を失い、まだノーアウト一、二塁。

 バッターは1番の遊佐選手。

 点差は1対1。

 

 僕は下を向いている場合ではない。

 ミスはミスだが、取り返そうと気負う必要もない。

 こういう時に気負うと、またミスをしてしまうものだ。

 僕は経験上、それを知っている。

 いつものプレーを心がける。


 初球、サード側に送りバントをしてきた。

 ボールの勢いを殺した上手いバントだ。

 水谷選手はボールを取り、三塁をチラッと見たが、間に合わないと判断し、一塁に投げた。

 これでワンアウト二、三塁。

 ピンチが続く。


 次は2番のスミス選手。

 新潟コンドルズは最近の大リーグのトレンドに合わせて、2番にも強打者を置くことが多い。

 

 だがピンチの時にこそ、さらに力を発揮するのが一流のピッチャーだ。

 ここは児島投手がエースとしての矜持を見せた。

 全てストライクゾーンとボールのギリギリのところに、寸分違わずボールを操り、ツーボール、ツーストライクからの5球目で空振りの三振を奪った。

 ストライクは全て空振りであり、見送れば全てボールだったかもしれない。

 児島投手としては一塁が空いているので、ここはフォアボールでも仕方ないと思っていたのだろう。

 さすがエースだ。


 3番は神保選手。

 児島投手は更にギアが入ったようだ。

 3球、素晴らしいボールを、ここしかない、というところに決め、見事に三球三振を奪った。


 外野フライはおろか、内野ゴロでも点が入るシチュエーションであった。

 そこを連続三振で切り抜けた。

 これがエースか。

 僕は改めてそう思った。


 ベンチに帰り、児島投手に帽子を取って頭を下げた。

 児島投手は笑顔で僕のお尻をポンと叩いて、こう言った。

「あーあ、久しぶりのファミレス食べ損なったぜ」

 ベンチ内で笑いが上がった。

 

 


 


 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る