第144話 例えチャンスが少なくても

 今シーズンの出場は、ここまで5試合に出場して、6打数3安打の打率.500。三塁打1本、二塁打1本、四球2つ、盗塁1(失敗1)、エラー無し。

 派手な活躍は出来ていないが、少ない出場機会の中で、ある程度の結果は残していると思う。


 次はアウェーでの新潟コンドルズ三連戦。

 ここで額賀選手が1軍に合流してきた。

 となれば……。


 結論として、僕は新潟遠征のメンバーに入り、出場機会が少なかった富岡選手が二軍落ちした。

 額賀選手は内野も外野も守れるため、足を使える僕を残したのかもしれない。

 まだまだ瀬戸際は続くが、少ないチャンスをものにしていくしかない。

 

 新潟コンドルズとの初戦は、セカンドがトーマス・ローリー選手、ショートが額賀選手の布陣だった。

 僕は伊勢原選手と一緒に最終兵器として、ベンチに控えることになった。

 

 そして7回の表、最終兵器1号の伊勢原選手はここまでノーヒットの山形選手の代打として出場したが、2号の僕は温存された。

 そして伊勢原選手はそのままショートの守備に入り、額賀選手がレフトの守備に回った。


 そして9回の裏、2対1とリードした場面で、ようやく僕の出番がやってきた。

「よし、最終兵器2号。

 セカンドの守備に入れ」

 この呼称は栄ヘッドコーチの発案(思いつき)だ。

 でも悪い気はしない。


 「承知しました」

 僕は敬礼をして、セカンドの守備位置に向かった。

 よし出番だ。


 マウンドには抑えの平塚選手。

 結局、この日の僕は守備機会が無く、出場試合数を1日加算しただけで終わった。


 翌日も僕はベンチでスタンバイとなった。

 今日のスタメンはセカンドはトーマス・ローリー選手、ショートは伊勢原選手、額賀選手はレフトに入り、山形選手がスタメンから外れた。

 

 僕は来るべき出番に備えて、準備しておくだけさ。

 そう考えていたら、出番は以外と早くやってきた。

 3回の表にトーマス・ローリー選手が手にデットボールを受けたのだ。


「最終兵器、出動だ」と栄ヘッドコーチ。

 まだその呼称使うんですか。

 僕は青いスライディンググローブをはめ、代走として一塁に向かった。

 トーマス、かなり痛そうだったけど、大丈夫かな。

 僕もかってデットボールで2カ月ほど試合に出られない時があった。

 その悔しさは良くわかる。

 大したことないと良いが。


 新潟コンドルズの先発は、山下投手。

 僕が指名されたドラフトで1位指名を受けた選手だ。

 ツーアウト一塁でバッターは、4番の岡村選手。

 開幕戦でもこのような場面はあった。

 あの時はノーアウトで盗塁のサインが出たが、今回は……。

 グリーンライトのサイン……。

 つまり盗塁できるチャンスがあれば、自分の判断で盗塁して良いということだ。


 これが一番困るんだよな。

 僕は勝手な事を思った。

 なぜならば、サインによる盗塁は、例え失敗してもベンチの責任も大きい。

 

 しかしグリーンライトだと、全てが自分の責任である。

 もちろん保守的に考えれば、盗塁しないという選択肢もある。

 でもその場合、僕のセールスポイントをアピールできないわけで……。

 一方で主砲の岡村選手のバッティングを邪魔するわけにもいかない。

 そう考えると、判断が難しい。


 だが僕は開き直った。

 考えてもしょうがない。

 相手投手に隙があれば盗塁し、無ければしない。

 うん、そうしよう。

 そうに決めた。

 

 僕はいつもより小さくリードを取った。

 というのも牽制球を多く受けると、岡村選手の集中力を乱すからだ。

 ここは盗塁が無いと思わせといて、隙があれば狙おう。


 リードがいつもより小さいのに、初球を投じる前に3球も牽制球が来た。

 やはり警戒されている。

 まあそれはそうだろう。


 初球、低目へのツーシーム。

 岡村選手は見送った。

 ボールワン。


 2球目。

 投げる前に牽制球が2球来た。

 投球は外角低目へのストレート。

 これも外れてボール。

 ツーボールノーストライク。

 バッティングカウントだ。


 3球目を投げる前に牽制球が2球来た。

 僕が何もしていないのに、ピッチャーが神経質になっているのであれば、岡村選手にとっては有利に働くだろう。

 

 そして3球目。

 内角高目へのカットボール。

 見逃してストライク。

 ツーボールワンストライクなので、まだ打者有利のカウントだ。


 僕はベンチを見たがまだグリーンライトのサイン。

 うーん。どうするか。


 牽制球を1球挟んでの4球目。

 真ん中低目へのカットボール。

 岡村選手は手を出してファール。

 これでツーボールツーストライクの平行カウントだ。


 5球目。

 投げた瞬間、僕はスタートを切った。

 今回、牽制球は1球もなかった。

 二塁ベースを目指して、必死に走る。

 送球が来て、足にタッチされた。

 判定は?

「セーフ」

 良かった……。

 今季二つ目の盗塁を無事に決めた。


 この間の投球はボールだったので、これでスリーボールツーストライクのフルカウントだ。


 そして6球目は内角高めへのストレートをファール。


 7球目。

 岡村選手は低目のカットボールを打った。

 セカンド方向へのゴロだ。

 ツーアウトでフルカウントなので、僕は打った瞬間スタートを切っている。


 走りながら横目で打球の行方を見ていたら、うまく一二塁間を抜けた。

 ライトが猛チャージし、バックホームをしてきた。

 

 僕は足からスライディングはしたが、余裕を持ってホームインした。

 一塁ベース上で岡村選手が軽く手を上げている。


 僕は拍手に迎えられながら、ベンチに戻った。

 

 


 

 

  

 

 


 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る