第141話 粘粘粘粘…、ネバーギブアップ

 長岡投手は多彩な変化球を操るピッチャーであり、緩急を上手く使い、球威で押すタイプではない。

 僕はバットをいつもより少しだけ短く持って打席に入った。

 

 初球、外角へのスライダー。

 見送ってボールワン。


 2球目。

 真ん中低目へのカットボール。

 これも見送って、ボールツー。


 3球目。

 内角へのシンカー。

 見送ったが、これは入っており、ツーボールワンストライク。


 4球目。

 ど真ん中の直球か。

 僕は思いっきり振りに行ったが、手前で落ちて、空振りしてしまった。

 フォークだった。

 これでツーボールツーストライク。


 5球目。

 外角低目へのスライダー。

 ストライクゾーンぎりぎりに見えたので、ファールで逃げた。


 6球目。

 内角へのシンカー。

 これもファール。


 7球目。

 真っ直ぐか。

 いや、フォークだろう。

 僕はバットを出しかけたが、途中で止めた。

 判定は振っていない。

 ボール。

 これでスリーボール、ツーストライクのフルカウントだ。


 8球目。

 またも外角へのスライダー。

 これもファール。


 9球目。

 真ん中低目へのカットボール。

 これもバットに当て、ファール。


「いい加減、前に飛ばせ」

 相手ベンチからヤジが聞こえたが、無視した。


 10球目。

 内角へのシンカー。

 これもファール。


 11球目。

 外角へのスライダー。

 遠く見えたが、当てにいった。

 これもファール。


 ツーアウトランナー無しの場面でこれだけ粘って、何の意味があると思われるだろうか。

 だが僕は打席に入る前に、釜谷バッティングコーチから、簡単にアウトにならず、粘るように言われていた。

 

 そして12球目。

 低目への真っ直ぐか。

 僕はバットを出しかけたが、寸前で止めた。

 フォークだった。


 相手キャッチャーが三塁塁審にハーフスイングのアピールをした。

 だが三塁塁審の両手は、左右に広げられた。

「ボールフォア」

 僕は安堵し、一塁に歩いた。

 何とか役割を果たせたか。


 僕の粘りが意味があったか。

 それは1番打者の岸選手が証明してくれた。

 ワンボールワンストライクからのシンカーをレフトスタンドに打ち込んだ。

 これで2点を返して、5対2。

 ホームインし、ベンチに返ると、釜谷バッティングコーチが満足そうに肯いていた。


 そうだ。

 僕の持ち味は、足と守備だけではない。

 このように粘ることも、劣勢で雰囲気を変えたいときには必要なのだ。


 結局この試合、僕はフル出場し、2打数ノーヒットでフォアボール2つだった。

 だが4打席で計30球投げさせた。

 そしてチームは見事に7回に逆転し、最終的に7対6で逆転勝ちした。


 ヒーローインタビューは、逆転のスリーランホームランを打った水谷選手だった。

 だが、試合終了後のミーティングで、朝比奈監督から「今日の陰のヒーローは、高橋だ」と言って頂き、監督賞を頂いた。

 見る人はちゃんと見てくれているんだな、と嬉しく思った。


 その日、僕は結衣と途中駅で待ち合わせ、監督賞を使って夕食を食べて帰宅した。

 ヒットは打てなかったが、結衣も僕の活躍を理解してくれていた。


 そして翌日、今度はセカンドのスタメンを告げられた。

 これは開幕から出ずっぱりのトーマス・ローリー選手を休ませる意図があるのだろう。


 僕はトーマス・ローリー選手や伊勢原選手と比べたら、打撃力は劣る。

 しかしながら、チームには色々な役割の選手が必要なのだ。

 もちろん一発で劣勢をひっくり返すような長打力のある選手、それはプロ野球の花形だ。

 残念ながら、今の僕には長打はあまり望めない。

 ヒットもそんなに多くは打てない。

 だが僕にも出来ることはある。

 そしてそれを良く理解し、その役割を果たすことがチームに貢献するということだろう。

 試合前練習を終え、ロッカールームでアンダーシャツを取り替えながら、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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