第140話 今季初スタメン

「今日、応援に行くね」

 出がけに玄関で結衣が言った。

「よし、ホームランをかっ飛ばしてやる」

「本当?、約束よ。破ったら、今日の夕ご飯抜きね」

「ごめん、やっぱりヒット1本にしておいてくれ」

「そうね。ヒット1本でも欲しいところよね」

「そうだな。今日の試合に1軍残留がかかっているから、何とか結果を残してくるよ」

「頑張ってね」


 今日は勝負の時だ。

 ダメなら2軍に落とされるだろう。

 僕は気合を入れて、球場へ向かった。


 試合前ミーティングで打順が発表された。


 1 岸(ライト)

 2 山北(センター)

 3 トーマス(セカンド)

 4 岡村(ファースト)

 5 デュラン(指名打者)

 6 水谷(サード)

 7 宮前(レフト)

 8 高台(キャッチャー)

 9 高橋隆(ショート)

 ピッチャー 藤野


 宮前選手は開幕当初は打ちまくっていたが、最近はプロの洗礼を浴び、打率.220まで落としていた。

 ホームランは4本打っていたが、ここ最近は打っていない。

 彼にとってもこの試合は、1軍残留をかけた大事な試合だろう。


 ピッチャーの藤野投手は、大卒で社会人経由で入団3年目の左腕。

 ドラフト2位で即戦力として入団したが、なかなか芽が出ず、ここまでプロでは2勝に留まっていた。

(この年の1位は三ツ沢投手)

 今季初先発のチャンスを活かしたいところだろう。


 四国アイランズの先発はエースの長岡投手。

 スライダー、フォーク、カットボールなど多彩な変化球を操る技巧派の投手だ。


 1回の表、藤野投手はいきなり3連打を浴び、1点を失って、更にノーアウト一三塁のピンチを背負った。

 迎えるバッターは、4番の一條選手。

 ツーボールからのカットボールを捉えた打球は、三遊間にライナーで飛んできた。

 僕は必死に横っ飛びで飛びついたが、惜しくもグラブに当たって、レフト前に転がってしまった。

 これでもう1点失い、更にランナー一、二塁となった。


 「しっかり取れよ」

 藤野投手は、苛立ったように声を上げた。

 え?、今のは完全にヒットコースだろう。

 僕は反射的にスコアボードを見た。

 青ランプが灯っている。

 記録はヒット。


 ふとサードの水谷選手の方を見たが、肩をすくめて両手を上にやっている。

 今のは仕方ない、とジェスチャーしてくれているようだ。


 藤野投手は、苛ついた表情を浮かべながら、キャッチャーからの送球を受け取った。


 次の打者は5番のリンデン選手。

 四国アイランズは初球からヒットエンドランをかけてきた。

 リンデン選手の打球はゴロでまたしても三遊間に飛んできた。

 速い打球だったので、僕は回り込んで捕球し、二塁は間に合わないと判断し、一塁に投げた。

 一塁はアウト。

 

「何で二塁に投げねぇんだよ」

 またしても藤野投手の苛立った声が飛んできた。

 いやいや、二塁は間に合わなかっただろう。


 これでワンアウト、ランナー二、三塁のピンチだ。

 バッテリーと僕ら内野陣はマウンドに集まった。

 藤野投手はまだイライラしているようだった。

「頼むぜ。バックがちゃんと守ってくれないと、いくら良い球投げても押さえられねぇよ」

 明らかに僕に向けて、言っているようだ。


「まあまあ落ち着けや。次は6番からだ。

 ここから0点に抑えようや」とキャッチャーの高台さんがなだめるように言った。

 他の野手もムッとしているようだが、ピッチャーを盛り立てるのが野手の役割だ。

 みんな黙っていた。


 やがて輪がほどけ、ショートの定位置に戻ろうとすると、サードの水谷さんがポンと僕の尻を叩いた。

 気にするな、ということだろう。

 

 次打者は6番の香美選手。

 ツーボール、ワンストライクからのストレートを捉えた打球はレフトスタンドに突き刺さった。

 これでこの回、5失点。

 朝比奈監督がベンチを出てきた。

 ピッチャー交代だ。


 藤野投手はベンチに戻るなり、グラブを床に叩きつけた。

 ヤレヤレ。


 試合は、緊急登板の二宮投手が後続を打ち取り、何とか1回の表を終えた。

 いきなり5点のビハインド。

 苦しい展開だ。

 

 1回裏の泉州ブラックスの攻撃は三者凡退に終わり、2回の表を迎えた。

 

 2回の表も二宮投手が踏ん張り、三者凡退に終わった。

 そしてその裏の攻撃は三者凡退、3回の表は続投の二宮投手が0点に抑えた。

 僕はショートゴロを1つ捌いた。


 3回の裏、7番の宮前選手、8番の高台選手が連続で初球を打ち、簡単にツーアウトになった。

 さすが長岡投手だ。

 打ち頃の球と見せかけて、微妙な変化で打者を打ち取る。

 僕も術中にはまらないようにしないと。

 僕は今季2回目の打席に向かった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 


 

 

 


 


 

 

 

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