第138話 どんな時でも
6回の裏、得点は11対0で泉州ブラックスのリード。
セカンドの定位置から、スタンドを見渡すと、ワンサイドゲームになりがっかりしたのか、四国アイランズファンが陣取る観客席はかなり歯抜けの状態になっていた。
マウンドは先発のジョーンズ投手が退き、丸山投手が上がっていた。
丸山投手は入団当初は、本格派のセットアッパーとして期待されていたが、ここ数年は大差がついた試合で投げることが多い。
大卒で社会人野球経由のため、年齢も既に30歳を超えており、大差がついた試合とは言え、ここは結果でアピールしたいところだろう。
そしてそれは僕も同じである。
昨年は伊勢原選手と交代でショートのスタメンに出ることもあったが、今シーズンは開幕からずっと伊勢原選手がスタメンである。
チームとして、今季はショートを伊勢原選手で固定したいという意思が見える。
そしてセカンドは打撃が安定しているトーマス・ローリー選手で固定されている。
この二人の牙城を崩すためには、結果でアピールするしか無いのだ。
6回の裏、四国アイランズの攻撃は下位打線からということもあり、簡単に三人で終わり、僕には打球は飛んで来なかった。
丸山投手はホッとしたようにマウンドを降り、僕も足早にベンチに戻った。
次の7回の表は、5番打者からであり、僕はトーマス・ローリー選手の替わりに3番に入っているので、余程のことが無い限り、打席は回ってこない。
この回の泉州ブラックスの攻撃は、ランナーを一人出したものの、無得点に終わった。
8回の表は1番打者からの攻撃なので、僕に打席が回ってくる。
僕は再びグラブを掴み、セカンドの守備位置についた。
7回の裏、この回も丸山投手がマウンドに上がった。
四国アイランズの攻撃は3番打者からであり、この回はクリーンアップトリオと相対することになる。
ここを抑えることが出来れば、丸山投手の評価は上がるだろう。
四国アイランズの3番は新外国人のリンデン選手。
丸山投手はフルカウントから四球を与えてしまった。
そして迎えるのは、4番の一條選手である。
丸山投手は警戒しすぎたのか、スリーボールとしてしまい、その4球目。
ストライクが欲しかったのか、真ん中高目に投げてしまった。
快音を残し、鋭いライナーが一二塁間に飛んできた。
完全にヒットコースだが、僕はイチかバチかで飛びついた。
そしてグラブの先で掴み、すぐに起き上がり一塁に送球した。
リンデン選手は 一塁に戻ることが出来ず、ダブルプレー。
丸山投手はグラブを叩き、僕の方へ 右手を上げて見せた。
僕も右手を上げて、それに応えた。
大差がついた試合で、大勢に影響の無いプレーかもしれない。
でも僕と丸山投手に取っては、1つ1つのプレーが重要なのだ。
特に丸山投手は年齢的にも、次に2軍に落ちたら、そのままもう1軍に上がれないかもしれない。
その次は5番の福留選手だったが、フルカウントから見逃し三振に抑えた。
丸山投手は小さくガッツポーズして、マウンドを降りた。
「高橋、サンキューな」
僕がベンチに帰ると、丸山投手が声をかけてくれた。
確かに抜けていれば、ノーアウト一、三塁の大ピンチになっていただろう。
そして8回の表は、僕に打順が回ってくる。
僕には点差は関係ない。
とにかく結果が欲しい。
この回は1番の岸選手、2番の伊勢原選手が凡退し、ツーアウトランナー無しの場面で、僕に打順が回ってきた。
四国アイランズは、この回から神田投手がマウンドに上がってくる。
左腕なので、僕としては与しやすい。
初球、内角にシュートが来た。
僕は仰け反って避けた。
ボールワン。
2球目。
外角へのカットボール。
僕は右打ちを意識して、うまくバットに乗せた。
どうだ。
打球はファーストの頭を越え、ライト線付近に落ちた。
僕は一塁を蹴って二塁に向かった。
滑り込まずとも悠々セーフ。いわゆるスタンディングダブル。
ツーベースだ。
今シーズン初ヒット。
次の岡村選手は三振に倒れ、この回は無得点に終わったため、僕のツーベースヒットはチームにとってはあまり意味が無かったのかもしれない。
でも三者凡退に終わるより、お客さんには楽しんで貰えたのではないだろうか。
大差で勝っていても、負けていても僕は全力を尽くす。
プロとして当たり前だけど、それが来て下さるお客さんに対する礼儀だろう。
僕は駆け足でベンチに戻り、グラブを掴み、セカンドの守備に向かった。
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