第137話 合点承知の助

 8回の表、セカンドの守備位置につき、球場全体を見渡した。

 超満員で泉州ブラックスのチームカラーである黒のユニフォームを着たお客さんが多い。

 凄い声援だ。

 甲子園の決勝の時もこんな感じだった。

 あの時も今日と同じようにその場に立てていることに、喜びと緊張、武者震いを感じた。

 

 投手が投球動作に入ると、球場はピリッとした空気に包まれる。

 そして不思議と僕の周りも静寂に包まれたように、歓声が遠くに聞こえるようになる。

 これはオープン戦や練習試合では味わえない公式戦特有のものだ。

 球春到来。そう感じた。


 ピッチャーはセットアッパーの山北投手。

 5対1の4点差のため、ホールドポイントがつく場面では無いが、開幕戦は何としても取りたいということだろう。


 野球の格言で、代わったところに打球が飛ぶというのがある。

 まさにその格言通り、新潟コンドルズの遊佐選手の打球は、鋭いライナーで一二塁間に飛んできた。

 かなり距離はある。

 イチかバチかだ。

 僕は横っ飛びで飛びついた。

 

 どうだ。

 グラブの先で掴んだ感触があった。

 塁審の審判の右手が上がり、打った遊佐選手は天を仰いだ。

 大歓声の後、大きな拍手が球場を包む。

 僕は帽子を取って、声援に応え、セカンドの定位置に戻った。

 今シーズン最初の守備機会が良い結果となったことにホッとしたが、ポーカーフェイスを装った。

 

 そして次のバッターは神保選手である。

 スリーボール、ツーストライクからのカットボールを打った打球は、ボテボテのゴロとなり、僕の前に来た。

 僕はダッシュし、グラブで掴み、ファーストに投げた。

 これも間一髪、アウト。

 これで2回連続で守備機会を無難にこなすことができた。

 再び拍手が球場を包む。


 そして二度あることは三度ある。

 ワンボールワンストライクからの山本選手の打球は、二遊間に飛んできた。

 僕はスコアラーからのデーターを元に、二遊間寄りに守っていたので、これも回り込んで難なく捌いた。


「ナイスプレー」

 ベンチに戻る際に、マウンドを降りたところで待っていた山北投手が声をかけてくれたので、僕らはグラブでタッチをした。


 8回の裏の泉州ブラックスの攻撃は0点に終わり、9回の表はやはりセーブシチュエーションではないが、抑えの平塚投手がマウンドに上がった。

 僕も引き続き、セカンドの守備位置についた。


 さすが抑えの切り札。

 この回は三者三振に切って取り、試合はこのまま終わった。

 僕は打席には立てなかったが、盗塁1、守備機会3、エラー0。

 なかなか良いスタートを切れたのではないだろうか。


 翌日の試合は投手戦となり、僕の出場機会は無かった。

 そしてその翌日も接戦で残念ながら僕はベンチ警備と声出しに終始した。

 セカンドのトーマス選手、ショートの伊勢原選手が順調なスタートを切っており、試合展開も緊迫した試合になったため、選手交代でその流れを切りたく無かったのかもしれない。

 

 この開幕シリーズホーム3連戦は、泉州ブラックスの2勝1敗で終え、次はアウェーでの東京チャリオッツ戦。

 その次は1日置いて高松での四国アイランズ戦なので、しばらくアウェーが続く。


 東京チャリオッツとの3連戦でも僕の出番は無かった。

 トーマス選手、伊勢原選手のどちらも三割越えの打率を残しており、チームも同一カード3連勝と絶好調であった。

 開幕6試合で5勝1敗。

 チームが勝つことは嬉しいが、それに貢献できていないことはもどかしい。


 四国アイランズとの初戦も、僕は出場機会は無かった。

 いつでも出られるように、ベンチ裏での準備は欠かしていないが、今日も徒労に終わってしまった。

 なおチームは久しぶりに敗れた。


 翌日の試合も僕は控えだった。

 この試合は昨日とはうって変わって、泉州ブラックス打線が爆発し、ワンサイドゲームとなり、5回終了時点で9対0でリードしていた。

 僕はいつでも行けるように、早い回から準備をしていた。


 すると6回の表の攻撃中に、栄ヘッドコーチから声がかかった。

「高橋、次の回の守備から行くぞ。セカンドだ。準備しておけ」

「はい」

 合点承知の助

 ようやく出番だ。

 待ってました。

 僕は既にウォーミングアップは終えていたが、再びベンチから立ち上がり、ベンチ裏で屈伸運動を始めた。

 

 そして6回の表、更に2点を加点した泉州ブラックスの攻撃が終わり、僕はグラウンドに飛び出した。

 


 

 

 

 


 

 


 


 

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