第136話 僕は僕の役割を果たすだけさ
「アトワ、タノンダヨ」
僕は一塁でトーマス・ローリー選手と交代する際にハイタッチした。
任せなさい。
きっとホームに帰って来てやるさ。
点差は3対1。
7回の裏ということを考えると、もう1点取っておきたいところだ。
バッターは4番の岡村選手。
ここは普通に打たせるだろう。
僕は一塁ベース上から、ベンチを見た。
はい、出た。
盗塁のサイン。
さすがイケイケの泉州ブラックス。
ノーアウトで4番の主砲を迎えても、積極策。
サイン見間違えてないよな。
僕は三塁コーチャーの南コーチに確認のサインを送ったが、見間違えでは無いようだ。
僕は大きくリードを取った。
相手の投手はこの回から、輪島投手に替わっていた。
ストレートと縦に落ちる大きなカーブ、そしてシンカーが持ち味の投手だ。
初球を投げる前に牽制球が4球も来た。
相当警戒されている。
それでも泉州ブラックスはブレない。
盗塁のサインは変わらない。
嫌だな。
ベンチのサインとは言え、開幕戦から盗塁死するの。
僕はそう思った。
そして初球、新潟コンドルズのバッテリーはまさかのカーブを選択した。
ありがとうございます。
僕は心の中でそう思いながら、無事に盗塁を決めた。
若狭捕手は強肩であるが、さすがに投げてこなかった。
相手チームも牽制球は投げてきたが、さすがに4番打者のところでの、初球盗塁は頭になかったのかもしれない。
良かった。
無事に今シーズン初盗塁を決めることができて。
幸先の良いスタートが切れた。
初球、判定はストライク。
僕が盗塁したのもあって、岡村選手は悠々と見送っていた。
2球目。
今度は外角低目へのストレート。
岡村選手は踏み込んで、うまくバットの先に乗せた。
打球はショートの頭を越えて、レフト前に落ちた。
僕は三塁に進んだところで、南コーチに止められた。
これでノーアウト一、三塁。
絶好の追加点のチャンスだ。
続くバッターは、新外国人のデュラン選手。
ここまでノーヒットなので、結果を出したいところだろう。
初球、シンカーを捉えた打球はセカンド頭上を襲った。
だがセカンドの三条選手はジャンプして掴み取り、すぐに一塁に送球した。
岡村選手は飛び出しており、戻れずアウト。
これで一気にツーアウト三塁になってしまった。
だが6番の水谷選手は四球を選び、バッターボックスには本日2本塁打の大型新人、宮前選手が向かった。
ここで打ったら、凄いけどね。
プロはそんなに甘くないよ、と思っていたら、ワンボール、ツーストライクからの4球目のシンカーをうまく捉えた。
打球はセンターに良い角度で上がっている。嘘でしょ。
ツーアウトなのでランナーは打ったと同時にスタートを切る。
僕はゆっくりホームに帰り、打球の行方を見守った。
センターの能登選手が必死に下がっている。
まさかね。
打球はフェンスにダイレクトに当たっていた。
打った宮前選手は二塁へ到達し、一塁ランナーの水谷選手はホームに帰ってきた。
プロ初出場で3安打、2ホームラン、5打点。
この試合の泉州ブラックスの得点は、全て宮前選手によるものだ。
凄い新人が現れた。
僕は二塁ベース上で、屈託のない笑顔を浮かべている新人選手を見ながら、そう思わずにいられなかった。
僕は僕の役割を果たすだけさ。
ベンチに戻り、次の回のセカンドの守備に入るために、グラブを手にはめながらそう思った。
プロ野球チームに取って、僕のような俊足巧打の選手はそう珍しくはない。
だが日本人で、1シーズンでホームランを20本以上打つようなスラッガーは簡単には出てこない。
ましてやシーズンで30本打つような選手は、10年に一人くらいの稀少な存在と言える。
そういう意味でも、宮前選手の登場はチームにとって、大きなことであった。
8回の表、予想通りセカンドの守備に入ることを告げられた。
僕は開幕戦の満員のお客さんの前でプレーできる喜びを感じながら、セカンドの守備位置に向かった。
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