第134話 苦悩の成果?
僕は自宅マンションに帰った。
結衣と直に会うのも1ヶ月振りだ。
キャンプインしてから、テレビ電話では話していたが、結衣も夜勤があり、毎日ではなかった。
とりあえず今日と明日は、結衣は休みを取っており、久しぶりに一緒にいられる。
とは言え、明日は全体練習があり、一緒に過ごせるのも夜だけだが。
昔、ある有名なプロ野球選手の奥さんが近所に旦那さんの職業を内緒にしていたら、旦那の職業が船乗りという噂が立ったそうだ。
確かに遠征で家を空けることも多く、野球選手は筋肉隆々なので、そう思われても不思議はない。
翌々日、川崎ライツとのオープン戦に向け、新幹線に乗った。
新横浜で降りて、そこからはバス移動である。
「タカハシ、フジサン、フジサン」
僕がうたたねをしていたら、隣に座っていたトーマス・ローリー選手に起こされた。
そもそも僕もトーマスも静岡オーシャンズにいたのだから、富士山は見慣れているはずだ。
それでもトーマスにとっては、富士山は何度見ても感動するのだろう。
僕も寝ぼけ眼で車窓から、富士山を見た。
確かに今日は快晴で、裾野から山頂付近まではっきりと見え、旅行ガイドブックに載っているような美しさだった。
僕とトーマスはどちらとも無しにハイタッチした。
うん、今シーズン良いスタートが切れそうだ。
そんな予感がした。
川崎ライトニングパークに着いた。
ミーティングで明日のオープン戦のスタメンが発表された。
1 伊勢原(ショート)
2 高橋隆(セカンド)
3 水谷(サード)
4 宮前(ファースト)
5 デュラン(指名打者)
6 富岡(レフト)
7 金沢(ライト)
8 生田(キャッチャー)
9 高津(センター)
ピッチャー 杉田
4番の宮前選手は、昨秋のドラフト1位の新人で、期待のスラッガー候補。
5番のデュラン選手は大リーグ通算26本のホームランを打った新外国人選手。
オープン戦初戦ということで、若手と新戦力主体で臨むということだろう。
僕は昨シーズンはショートを守ることが多かったが、今季はセカンドのスタメン争いにも加わりたいので、ここは結果を残したい。
いよいよ試合が始まった。
川崎ライツの先発は、昨秋のドラフト1位の横田投手。
東京六大学出身の左の本格派で早くも新人王の有力候補として名前が上がっている。
ちなみに竹下さんは、スタメンでは出場していない。
1回の表、先頭の伊勢原選手はワンボールからの2球目を捉え、センターオーバーのスリーベースを放った。
いきなりかい。
僕はバッターボックスに入り、ベンチのサインを見た。
サインは「打て」。
ここは内野ゴロや外野フライでも1点が入る。
バッターに取っては、美味しい場面である。
初球、真ん中高目へのストレート。球速は153km/h。
左でこの速さは凄い。
判定はストライク。
2球目は内角低めへのツーシーム。
見送ってボール。
うーん、良い球だ。
さすが新人王候補。
3球目。
外角低目へのストレート。
僕は右打ちを意識し、うまく捉えた。
どうだ。
一塁に向かって走り出した。
ライトフライか。
ライトが下がっている。
だが打球は意外と伸びている。
ライトがグラブをはめた手を伸ばした。
打球はその上を越えた。
僕は一塁を蹴って、二塁に向かう。
見ると三塁コーチャーである南外野守備走塁コーチが腕を回している。
僕は打球の行方を横目で見ながら、二塁を蹴って三塁に向かい、滑り込んだ。
送球は三塁に来たが、悠々セーフ。
タイムリー三塁打。
思っていたよりも打球が伸びたのは、葉山バッティングコーチとの練習の成果かもしれない。
どんなもんだい。
相手は新人王有力候補の野球エリートかもしれないけど、僕だってプロ6年目。
伊達にこれまで苦悩してきたわけじゃない。
早くもマウンドに集まっている、川崎ライツのバッテリーと内野陣を見ながら、僕は胸を張った。
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