第132話 五里霧中、でも微かな光明

 二軍の紅白戦でも、なかなか結果は出なかった。

 6試合で17打数2安打、打率.118。

 なかなか良い当たりがでない。

 とにかく打球が上がらないのだ。

 バットに当たってもゴロばかり。

 だが、葉山バッティングコーチは「もう少しだ」としか言わない。

 本当にこのままで良いのだろうか。

 不安になってきたのは否めない。


 「いいか、打球がゴロになるのは、ボールの上っ面を叩いているからだ。

 つまりまだスイングが安定しておらず、目線がブレているので、自分がボールの真ん中を叩いたと思っても、ボールの上を叩いてしまっている。

 だからスイングが安定して、ボールの真ん中を捉えられるようになれば打球は上がるはずだ」

 本当にそうなのか。

 僕は引き続き、葉山バッティングコーチを信じて良いのか?


 葉山バッティングコーチは、引退してチームスタッフを経て、今季からバッティングコーチに就任した。

 つまりまだコーチとしての実績が無い。

 僕は実験台にされているのではないか。

 そんなことさえ、頭を掠めてきた。


 2月も下旬となり、キャンプも終盤に差し掛かったが、僕はここまで二軍の紅白戦11試合に出場し、30打数4安打、打率.133

 まさに五里霧中と言えた。

 そして打撃の不安は、守備にも悪影響を及ぼしていた。

 僕は打てないなら、守備でアピールしなければならないのだが、ここ3試合連続でエラーを犯していた。

 さすがにフライを落としたり、後ろに逸らすような致命的なエラーは無いものの、前に弾いたり、捕球した球が手に付かず送球できなかったり。

 スランプの真っ只中にいるように感じていた。


 だが微かながら、光明も見えてきた。

 少しずつ、当たりは良くなってきたような気がするのだ。

 今のところ、打球が正面を付くことが多く、結果がでていないが、以前よりも打球が伸びるようになってきたと感じる。

 もう少しだ。

 僕は葉山バッティングコーチを信じるしかないと思っている。

 いつも一生懸命に練習に付きあってくれるし、その眼差しはいつも真剣である。

 そう、葉山コーチだって、実績を残さなければ、今シーズン後にコーチをクビになってもおかしくはないのだ。

 一軍半の選手と新任コーチ。

 利害は一致している。


 2月末になると、キャンプが打ち上げとなり、3月から一軍は、オープン戦、二軍は春期教育リーグが始まる。

 僕はスランプから抜けだせないまま、二軍でキャンプの打ち上げを迎えた。


 明日は一度帰宅し、三日後には教育リーグ初戦の岡山に向かうことになる。

 

「高橋、ちょっと」

 関西国際空港に到着し、帰宅しようとしたら、川崎二軍監督に呼び止められた。

 

「はい、何でしょうか」

「さっき一軍の栄ヘッドコーチから連絡があった。

 一軍昇格だそうだ」

「え?、僕がですか?」

 驚いた。何故だろう。


「泉と大岡が二軍に降格になり、その替わりだそうだ」

「でも、僕は最近……」

「ああ、わかっている。

 だが葉山からは少しずつ上向きになってると聞いているし、俺にも当たりが良くなっているように見える」

 

 川崎二軍監督は僕の肩に手をやった。

「お前はもう既に一軍の計算に入っているんだ。

 バッティングはともかく、守備と走塁は充分に一軍戦力だ。

 二軍で溜め込んだフラストレーションを一軍で爆発させて来い」

「はい。大暴れしてきます」

「そうだ。今回のキャンプで苦しんだ経験は無駄にはならない。

 もう戻ってくるなよ」

 

 僕は二軍担当の青砥マネージャーから、明後日、オープン戦初戦の川崎ライトニングパークへ向かうための新幹線のチケットを受け取った。


 今日は結衣の待つ自宅に帰り、明後日からは一軍合流、そしてその翌日からはオープン戦が始まる。

 さあ、やるぞ。

 僕は関西国際空港連絡橋に差し掛かった電車の車窓から、自分が長いトンネルから抜けつつあるのを感じた。

 

 

 


 

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