第131話 春期キャンプと新バッティングフォーム

 自主トレを1月25日に打ち上げ、2月1日のキャンプインに備えて、自宅、つまり結衣との新居に帰った。

 結衣は看護師として働いており、夜勤もあるので、一緒に過ごせる時間は多くは無いが、それでも束の間の新婚生活を過ごした。


 そしていよいよ6年目のシーズンのスタートだ。

 昨シーズンは一軍定着を果たしたので、今季はレギュラー定着を狙いたい。

 守るべき家族もできたので、より一層活躍し、更なる年俸アップを果たしたい。


 そのためには何よりも打撃力の向上が欠かせない。

 打率アップはもちろんのこと、長打力をもっと付けたい。

 

 かと言って、やみくもにビルドアップすれば良いというものではない。 

 高校時代の野球部の同級生のゴリラ平井は、ありあまるパワーを誇るが、それを生かし切れず、昨シーズンはホームラン2本に終わった。

 当たれば飛ぶ、というだけではプロではやっていけないのだ。

 

 そして僕の売りは、俊足と堅守である。

 自分の持ち味を無くしてしまっては、本末転倒である。


 そういう意味では僕には良い目標となる選手がいる。

 静岡オーシャンズの黒沢さんだ。

 長打力もあるが、俊足、堅守も高いレベルで維持しており、30歳を過ぎた今も、球界屈指の5ツールプレイヤーとして名をはせている。

 少しずつでも近づけるように、僕は今日もバットを沢山振った。

 秋季キャンプに続き、葉山二軍バッティングコーチが熱心に指導してくれるのだ。

 僕は昨秋のキャンプから、少しバッティングフォームを変えることを試みているが、まだそれがしっくりきていない。

 

 葉山バッティングコーチは、身長が170㎝くらいと小柄であったが、現役時代、100本を超えるホームランを放った。

 コンパクトなスイングから鋭い打球を放つ。

 そのスタイルを少し取り入れたいと思っているのだ。

 

「どうだ。何か掴めたか?」

 今日の練習終了後、葉山コーチに尋ねられた。

 僕は自信を持って答えた。

「はい、まだ掴めていません」

 葉山コーチはタメイキをつきながら言った。

 「そんなことを自信を持って言うな。まあ、簡単に掴めれば誰も苦労しないが……」


 何しろそれまで色々考えていても、打席に立って打つのは一瞬だ。

 その一瞬に全てを出し尽くさなければならない。

 腕を畳んで、脇を締めて、手打ちにならないようにコンパクトに腰の回転で振り抜く。

 これを無意識にできるようにならなければならない。

 その一瞬のために来る日も来る日もバットを振り続けるのだ。


 一方で練習は自信になる。

 あれだけやったんだから。

 そう思えるようになれば、打席で開き直ることができる。

 その域に達するために練習しているのかもしれない。

 最近、そう思う。


 キャンプも中盤になると、紅白戦が始まる。

 レギュラー候補が紅組、控えが白組であるが、僕は紅組のショートのスタメンとして出る機会が増えてきた。

 レギュラー候補の一人として、計算されているとしたら嬉しい。


 だが葉山コーチとのバッティングフォーム修正は、なかなか結果には繋がらなかった。

 ここまで紅白戦に4試合出場して、11打数で当たり損ねの内野安打1本。


 今日の紅白戦は白組の9番ショートとして、スタメン出場するが、今日、結果が出なければスタメンから外されるかもしれない。

 そして明日からは一軍と二軍に分けられる。

 僕は危機感をもって試合に臨んだ。


 だがその思いとは裏腹に、今日の試合も結果がでなかった。

 3打数ノーヒット、2三振、エラー1つ……。

 

 試合終了後、一軍と二軍への振り分けが発表され、僕は二軍キャンプスタートとなった。


 僕はホテルへ戻ると、二軍のキャンプへ向かうために荷物をまとめた。

 悔しい。

 とても悔しい。

 僕は唇を噛み締める他無かった。


 翌日から一軍と二軍に別れてのキャンプが始まった。

 僕は葉山2軍バッティングコーチと、引き続き素振りと打ち込みを行った。

 

「いいか、焦るなよ。新しいバッティングフォームを身につけるには時間がかかる。

 このバッティングフォームを身につけたら、成績が上がる。

 そう信じてやるしか道はないんだ」

 そうだ。

 バッティングフォームは仮に元に戻そうとしても簡単に戻せるものではない。

 不安を抱えながらも僕は進むしかないのだ。

 

 


 

 

 

 

 

 

  

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